2807年01月01日
未来光:『黎明』 プロローグ 「AD:2810 11,25(Ros.)」 - I
『右翼の【エターナル艦隊】、苦戦中! 旗艦【エターナル】より救援要請が入っています!』
そんなオペレータ(通信士)の悲鳴に近い報告が、左の鼓膜を刺激した。
――戦闘訓練も密に積んでいないと言うのに、その場の勢いだけに任せて突出するからだ。
その心の中で悪態を吐かざるを得ない。しかし、見殺しにするわけにもいかない――ただでさえ彼我兵力の差は看過出来ないものとなってきているのだから。
「さて――と」
組んでいた両の腕を解き、コンソールパネルを素早く操作。これまで幾度となく繰り返し行ってきた手順の一つであり、頭で考えるよりも先に指先が踊っている様な感覚の存在がある。
――主機関始動――各部パルスオート出力――各種情報緒元の獲得を実行せよ。
無言の内に行われたそんな指示によって、起動信号が愛機の中枢へと忠実に伝達される。覚醒を促された対消滅機関が発生させる頼もしい微振動が、耐Gシートを通じてその全身へと次第に伝わってきた。
「最終システムチェックを頼むよ――」
『SYSTEM ALL GREEN(システム問題無し)』
口頭での命令に対し、等しい口頭で報告が返ってくる。
――Excellent(素晴らしい)!
機体は完璧に整備されている。後で整備士達にビールを振る舞ってやろう――と、ここまで考えを巡らせると、微かな笑いの衝動がその内面から湧き上がってきた。
――やれやれ。どうやら自分は戦死する、と言う可能性をまるで考えていないらしい。
そんな健康的とは表現し難い衝動を押さえ込むのに、数秒を要とした。
――何を考えてんだか。
時間は貴重なものであった筈なので、気持ちを切り替えつつ、右グリップ脇の通信スイッチをその親指先で軽く弾いた。
「告げる――こちら【ライト=ブリンガ】。これより『イノシシな』ブレンハルト一佐の援護へと向かう。それに伴い、本艦隊の指揮権を同時刻より【フォーチュン】艦長へと完全に委譲するものである――オーヴァ?」
ヘルメットに内蔵されているインカムに対し、ただそれだけを告げる。この場で自らの官姓名を名乗る必要は無い――【ライト=ブリンガ】に乗れる者は、一人しか存在しないのだから。そして、この段階で出撃の許可を出せる人間もまた同様に、一人しか存在が無い。
そんな一方的な通信を放ってより数秒の後に、コックピットは前面パネルの一部に正にその一人である艦長の上半身が投影されたが、彼女の表情は決して明るいものではなかった。
『――出撃を許可せざるを得ません。ムラサメ、了解しました。ですが……くれぐれも、ご無理はなさらないで……』
美しい艦長は額に片手の平を当てながら、沈鬱な声を絞ってきた。
「RL(RLight=Bringer)、了解――無理をするのは性に合わないし、程々にするさ」
明らかに出撃に反対で、不安げな様子を隠そうともしない彼女を安心させる為の軽口を叩いて見せれば、そんな艦長が薄い微笑を返してくれたこともあり、自分の心は幾らか楽にはなった。辛そうな彼女の顔を眺め続けるのは決して愉快なことではない。
無論、彼女には限らないが、人は笑顔が一番美しい――そう堅く信じている【ライト=ブリンガ】のパイロットであった。
「では艦長、後を――宜しく頼む」
ヘルメットのバイザーを下ろしつつ、自分の表情を事務的なものへと戻す。外部からはもはや、自分の表情を確認することは出来ない筈だ。
『Yes,Sir ――本時刻より、ムラサメ上級一佐は第01艦隊の運用に関する全権をお預かりします』
「承認」
軽く立てた左手親指を目の前で翳(かざ)し、通信を遮断。気の利いた台詞をもう少し、並べることが出来れば良いのだろうが。
「――ごめんよ、ソフィ」
通信は切断されているので、当然、そんな呟きが対象へと伝わることは有り得ない。自らの器の狭さが自覚される一時(ひととき)。不器用なのは今に始まったことではないが、こんな時には決まって軽い自己嫌悪の念がゆっくりと色付いてくる。
――埒(らち)も無い。
そんなネガティヴな感覚から逃れるべく、自分の右手に座席下のホルダーを漁らせる。ほとんどオートマチックと言っても良い一連の動作によって、コックピットに入る直前に整備士から差し入れられたドリンクパックが一つ、抜き取られた。つい今し方、閉じたばかりのバイザーを半分だけ開き、パックの内容物を一口だけ啜る。自分の好みで淹れられた筈の薄目の焙じ茶が妙に苦いのは気のせいか。
――出撃を控えた中で味覚があるとはね。
軽い自嘲を含めつつ、半分以上が残されたドリンクパックを元の場所へとねじ入れる。深呼吸を一回、二回と繰り返して。早鍾のように打ち始めている自らの心臓を落ち着かせて。
よし、と管制塔に通信を開こうとしたその時だった。外部からの着信を示す表示が軽快な電子音と共にサブディスプレイ上に表示されたのは。
「――同ブロック内からの通信?」
呟きながら、回線のオープンを音声指示。
『隊長ォォ、我々もお供します!!』
突然の大音量のバスに両の鼓膜が痺れた。慌ててヘルメットの受信音量調節に指を運ぶが、こちら側の受信音量の設定は基準範囲内であった。どうやら、相手側の送信出力が限りなく『最大』に設定されているらしい。
「ホルスト一尉、音声出力を確認しろっ! うるさくってかなわん!! 大体、君等は【フォーチュン】の護衛任務が優先される筈だろうがっ」
僅かの間を置いてから、再び爆音が戻ってくる。
『ですが、隊長! RLとは言え、単機での出撃は危険に過ぎますッ! 是非、我々を――』
ホルストと呼ばれた一尉は食い下がらなかった。ボリュームは変わらず。
「黙れ、と言っている! 改めての命令だ。【ヴィクトリ】大隊全機はフォーチュンの直衛にあたれ――でもって、今後の指示はムラサメ艦長、或いはヒムラ副司令に従うことッ!!」
『りょりょりょ了解でありま――』
ホルスト一尉が続ける言葉を待たずして、そんな通信を強制的に切断した。これ以上、あの胴間声(どうまごえ)は聞きたくない。
「やれやれ――」
落ち着きを見せてくれていた筈の心音が再び高まってしまったことに気付いて、苦笑を漏らし掛けながらも、ようやく管制塔への通信を開くことに成功する。通信接続を知らせるチャイム音が短く鳴って。
「こちらFIX-01-RL、コード【RLight=Bringer】。フォーチュン管制、発進許可を求む」
『管制、了解。通常発進で宜しいですね?』
耳に心地良く、聞き取り易い女性の声が戻ってくる。
「Negative(否) ――緊急発進(スクランブル)だ」
『……緊急発進、了解!』
緊張の色をその声に僅かだけ混ぜながら、それでも女性管制官は力強い復唱を行った。
『工房ブロック限定発令。スーツ(気密服)未着の者は直ちにエアロックへと待避せよ。ライト=ブリンガ、緊急出撃である! 繰り返す――』
警報が鳴り響く中、ブロック管制室詰めの管制員が艦内オールレンジ(全周波数帯)の無線と、ブロック内のスピーカーの両方で警告を発した。艦載機【ゼロ】の弾薬装填作業を行っていた数名の整備士達が、ライト=ブリンガのコックピット――つまり、『頭部』と言うことだ――の横を飛び過ぎる過程で、こちらに対してVサインを作りながらエアロックへと流れていく。中には投げキッスを放ってくる女性整備士の姿も確認出来た。
「ありがと」
そんな彼等に確認をする術は無いが、自分もその狭いコックピット内で力強く、親指を立て返した。
やがて、そんなブロック内の警報が解除された。管制コンピュータがブロック内に気密服を着用していない人間の存在が無いことを確認したのだろう。
『ハッチ開口!』
三重構造のハッチが重々しく、ライト=ブリンガと自分の眼前で開かれていく。漆黒の宇宙空間が臨めるかと思っていたのだが、その目の前に広げられた光景は果たして、一面の碧(みどり)。
この航宙戦艦【フォーチュン】がその腹部を【エテルナ】本星へと向けていたことを思い出しながら、微笑。
「――綺麗だ」
恒星、【アポロン】から放たれた光を第四惑星エテルナが慎ましやかにこちらへと反射させてきている――そんな光景を目の当たりにしたことでこぼれ落ちた、率直な感想だった。
自分の目で確認することは叶わないけれど、このライト=ブリンガの白銀の『肉体』もまた、そんな柔らかな光を受け、いや増しに輝いていることだろう。
唇を湿らせて。
歯を噛み締める。
「RL、クリストファ・アレン、離床――」
クリストファ・アレンは冒涜的とすら言える『人の形』を所有している自らの機体に対し、口頭で離床指示。
『Yes, My-Lord』
そんな返事を『誰か』が返してくる。そんな声には答えず、クリストファは再度、管制塔への通信を開いた。
「フォーチュン管制、針路の設定を頼む。言うまでもないが、前線までの最短針路を算出せよ。それと、可能な範囲内で構わないので、現場(げんじょう)の最新データ転送もお願いしたい」
ほとんど一息で言い切って、管制塔からの応答を待つ。半瞬の雑音の後、聞き取り易い透き通った声が届けられる。
『――はい。最短針路に関しては言われるまでもなく、算出済みです、総司令。データ諸々を現在、転送中』
事実、サブディスプレイにデータ受信中を示すシグナルが明滅している。クリストファは管制官の要領の良さに対して心からの賞賛を覚えながら、
「さすがだね、ミズ・マネーシー。ただ、今の僕は総司令官ではないぞ?」
勿論、これは皮肉とは程遠い、寧ろユーモアの側に近い発言である。
『失礼をしましたわ――今は【アテナ隊】の隊長であらせられましたわね』
通信の向こう側で笑い声を器用に混ぜながら返答を行った、マネーシー技術二尉であった。
「そう言うこった……おっし、受信は完了。サンキュ、ナナ!」
『御武運を――』
そんな回線に割り込んできたのはフォーチュンは艦長、ソフィ・ムラサメ上級一佐であった。
「ああ、祈っておいてくれるとありがたいな」
クリストファは正面のサブディスプレイに付属しているトラック・ボールを操作した。管制コンピュータにたった今、受信した針路を取るようにと指示を行う為である。この程度の機動指示であれば口頭でも行うことは出来るのだが、未だに両の腕に関しては操縦系の装着を行っていなかったこともある。最初の『一跳び』で横着をする気には、どうにもなれなかった。
速度は最高戦速。そして、そんな最前線の直前まではオートで猛進。
『目標地点まで約6分』
データの入力を終えると、そんな声が戻ってくる。先程の声と同じ女性のものが。
念の為――ライト=ブリンガは『複座』ではない。その搭乗人員数は一名である。
――後は、斬って斬って斬って斬りまくるのみ。
クリストファ・アレンはコックピット内の還元酸素を大きく吸い込んだ。
バイザーを完全に下ろした。
腹部に力を込めて。
「ライト=ブリンガ、出撃するッ!!」
そんな宣言と全く同時に、ライト=ブリンガは眩(まばゆ)い光を全身の各部から一斉に放った。これは『最高戦速』に備えて、各関節部のトラクタ・ビームがその負荷に耐え得るテンション(張度)を発揮していることを証明する光でもある。
そしてそんな光線の爆発的な発現と平行し、その後背各部の【GRDS(重力波反発推進器)】が大きく展開――その周囲に朧気な形を伴った蒼白い光の膜の形成が開始される。
天使の羽か、悪魔の翼か。
それは実際にこの光景を目の当たりにした者が考えれば良いだけのこと。
そして。そんな『羽』 ――推進器の展開より数秒後。
己が名前に違わず、ライト=ブリンガは人の目に残像を残す光の矢となって、激戦の最前線へと飛び去って行った。
急加速に伴い、積載しているシステムでも相殺しきれないG(慣性負荷)に耐える為に、その奥歯をギリギリと音が立つ程に噛み締めながらも、クリストファ・アレンは場違いこの上なく、『人類の未来』に想いを至らせた。
――こんな。『こんなこと』ばかりを繰り返していて尚、この先に、未来に
――希望は、光は果たして臨めるのか。
その目尻から熱いものが流出し掛かっていることに、本人は気付いていない。
先の。艦内にあっての自らが立場からすれば、常に着飾ってその周囲に見せなくてはならなかった、虚勢の入り交じる余裕は完全に霧散して。
これから自分が行う、行わなければならないことに対する恐怖心、嫌悪感――そして、決して認めたくはない……歓喜の感情(?)が存在する。
クリストファ・アレンは大きく身震い。
「――――――!!」
そして、叫んだ。
文字に置き換えることの出来ない、意味の無い絶叫。だが、今のクリス自身には意味が、意義があったのだろう。
[戦場は近付いてくる]
いや、正確な表現を用いるのであれば、激烈に過ぎる速度で突入を敢行しているのは自機を含んだ自分自身の方だ。だが、戦場という特殊な現場が自分に『近付いてくる』のをハッキリと感じさせるのが、宇宙空間戦。
ましてや、彼の機体は通常の戦闘機では断じて、無い。
[戦場は、近付いてくる]
ライト=ブリンガは、クリストファ・アレンは抜刀。その左腕に剣(つるぎ)を構えた。
各種シールドはオートに一任、左腕の剣『レーヴァティン』の安全装置を解除。
[ 戦 場 は 近 付 い て く る ]
[ 戦 場 は 近 付 い て く る ]
――光。

