2803年01月01日

第I光:『覚醒』 第二章 人の類の性(さが) - I


 漆黒の宇宙空間に浮かぶ一滴の水玉、地球。そこで発生した知的生命体は今や他の恒星系にまで進出するだけの宇宙科学技術力を手に入れた。
 だがしかし、移民惑星である【エテルナ】の目覚ましい発展に比べ、水を空けられたのが人類発祥の地である太陽系第三惑星『地球』を中核とする連合国家、【太陽系惑星連合共和国】だった。様々な分野での新技術の開発……特に、宇宙技術関係においてのそれは、エテルナ側の独壇場となりつつあったと言っても良い。
 これは太陽系内においては、その系内における探査、調査が概ね完了している事に対し、アポロン星系にあっては、未だにその全容が解明されておらず、太陽系内では需要が少なくなったこの分野の技術を改めて再考、発展させる必要があった事が一番の理由として、挙げられるかもしれない。必要は発明の母、と言う先人の言葉は決して、大袈裟なものでは無かったのだろう。
 そんな『必要』に応じ、より高度な技術にて建造された探査衛星(有人含む)はアポロン星系全体に相当数が投入され、その結果、植民直後の概算調査期間を大幅に短縮した、12年と3ヶ月、と言う短期間で系内の全容把握へと至らしめる結果となった。

 根幹としてあった宇宙科学力を無視するわけには行かないが、地球から発生した人類が、その系内の全容を把握するのに二百年以上の歳月を消費する必要があった事を鑑みると、これは尋常でない高速度であったと言えるのでは無かっただろうか?

 そして、植物に始まる遺伝子改良技術の進歩も無視できない要素であった筈だ。地球に酷似している環境とは言え、エテルナの生態系は自ずと異なっていた。
 ここでは生態系、と言う言葉を用いたが、厳密に言うとエテルナには生物は存在せず、植物にしても、原始的な羊歯類の存在だけが認められていた。恒星アポロン、それ自体の年齢に関しては今も尚、調査が続行中であるが、太陽以上に若い恒星である事は確実視されており、第四惑星エテルナにおける生態系は進化の途上にあるのではないか、と言う見解が一般的である。

 初期植民時代のエテルナの人々はそんな特殊な生態系の保護と、実際問題としての自分たちの食料の完全自主生産と言う、二律背反的な悩みに頭を抱える事になった。
 無制限、無作為に地球上の植物を植林すれば、エテルナ本来の生態系を駆逐してしまう恐れがある。だが、食糧のある程度の自給、それはそれで早急の課題、いや命題に他ならない。いつまでも地球本星からの物資に頼るわけには行かないのだから。
 そのどちらの問題も解決する方法が、たった一つだけあった。遺伝子改良技術である。次の世代を一切残さない、生物としての本質を拒絶する技術ではあったが、これ以上の解決策は見当たらなかった。エテルナ在来種の植物の調査、及びオリジナルの確保も同時に行われ、この問題は一応の決着を見る事にはなった。

 完全な解決策となったかどうかは定かではない。そもそも、生物自体が生態系を営んでいなかった『エテルナと呼称した惑星』に、ちっぽけな人類が入植をした、と言う状況を冷静に鑑みれば、それこそ、傲慢な自己満足に過ぎなかったとも言えるかもしれない。

 それもまた、人の営むところではあるが。

 そして、そんな神経質なまでの徹底管理は、結果的に遺伝子工学に関する技術を飛躍的に進歩させる事ともなった。先にも触れたが、地球起源の植物には完全なる遺伝子改良が施される必要があったからである。
 余談ではあるが、この禁を破った者に対しては『殺人』と並ぶ刑罰が設定された事からも、その徹底振りが自ずと把握できよう。

 牛や豚、鶏などを始めとする食肉においては、完全に培養品となっており、植物と同様に『栽培されている』と言う感が強いかもしれない。魚類にても同様である。西暦2800年代において、実験的にエテルナの海における魚類、貝類の養殖計画が進行中ではあるが、基本は培養による採肉である。
 生態系と言うスパンは百年、二百年では判然としない。結果が出るのは千年単位後であろう、とある生物学者は述べたものだ。現在のところ取り敢えずは、エテルナ在来種の植物が地球起源のそれに駆逐され、絶滅した――等と言う調査結果は出ていない。

 ある程度は仕方が無いよな――と、若干の罪悪感を含めながらのこの考え方は、多くのエテルニアンが等しく抱いているものであっただろう。実際問題、現実問題として、食材が増える事を期待しないエテルニアンは極少数だった。その多くは、地球古来の、或いは新たな食材が自分たちの食卓に上る事を切望して止まなかったのだから。

 ともあれ、深刻な問題が発生せず、今や地球本星とほぼ同じ物を自給できている、と言うのはエテルニアン達が誇りとするところである。その点で、彼等は今でも初期入植者達の事を称えて止まない。
 入植記念日とされている7月30日には入植当時の食事を再現し、『ご先祖様達』に対する感謝の意を深める、と言うのはほとんどの家庭で行われている代表的な儀式だ。

 フライド・チキンとマッシュ・ポテト。

 このシンプルな食事は、確かにエテルナ入植初期の人々を支えた献立だ。スパイスも何もなく、味付けは塩だけ。

 この貧しい食事を敢えて、その日の食卓に並べる。その味気無さに現代のエテルニアンは毎年、驚き、嘆く。その反面、自分たちの現在の繁栄が『ご先祖様達』無しにはあり得なかったこと――を言葉に依らず、認識できるのである。【シュバリエ・プレート】とも呼ばれるこのセットメニューは、当然、初代移民船団長であり、【エテルナ】の名付け親ともなったシモーヌ・シュバリエにちなんだ物である。

 宇宙科学、そして遺伝子工学においても目覚ましい発展を今も尚、遂げているエテルナ。

 エテルナは、過去歴史上の新国家の例に違わず、その有り余る無形のエネルギーをいかんなく発揮している。人種差別も社会的階層も無く、学業、就業体勢も正に平等そのものだ。
 『理想郷と言う言葉はエテルナの為に創られた』
 これは取材として訪れたものの、そのままエテルナに住み着いてしまった、地球はアメリカ自治区出身のジャーナリストが残した言葉。


   ◆ ◆ ◆


 さて。それでは、人類が発祥した太陽系においてはどうなのだろう?

 新技術の多くがエテルナの独占するところとなった、とは先に述べたとおりである。確かに、地球本星内においての内乱、そして各惑星自治国家との悶着は常に無く発生しており、明らかに効率的とは言い難い運用ではあっただろう。だが、それでも完全に活力を失っていたわけではない。
 何しろ、【ネビュラ・リーヌ】と言う自然現象を利用してはいても、276光年彼方に多くの人々を送り出す力があったのだから。

 最初は目に見えない程に小さな切っ掛けだったのかもしれない。エテルナにおいて革新的な技術が確立された――エテルナ製の無人衛星がその系内の探査の為、衛星軌道上より射出された――等と言うニュースが続くようになった。

『エテルナの人達、頑張っているんだな』
 エテルナ入植の当初、多くの太陽系人は、自ら志願したとは言え、劣悪な環境下で過酷な労働を強いられている初期移民者達に対して同情の念を持っていたので、その様な報道を好意的に受け入れていた。だが、次第にエテルナの技術力、生産力が上がり始めた時、人々は気付く事になったのである。

 エテルナの目覚ましい発展に対し、太陽系においては同等の発展が見られない、と言う事に――。

 移民希望者達は急増した。旧態依然の体質が根強く残る、太陽系に見切りを付けた人々だ。優秀な科学者、技術者のエテルナへの流出が深刻な問題となり始めた。

 最初はそれでも、誰もが楽観的だったかもしれない。だが、景気の低迷に歯止めは効かず、元よりその色合いは強かったが、政治は完全に衆愚と堕し、政治家は自己の利益の追求と保身のみにその精力を注ぎ始めた。犯罪は増加の一方を辿り、各都市部の至る所で銃の乱射事件や、猟奇的殺人事件等と言った凶悪犯罪が連続的に発生するようになった。尚かつ、その増加に対応しきれない警察機構の検挙率は低下していった。自らの将来を悲観した自殺者の数も急激に増加。

 これが、西暦2800年代の太陽系の現実だった。

 だが、何よりも太陽系惑星連合において致命的な痛手となったのは、2805年に勃発した火星自治区政府による叛乱であった。長い年月と、気が遠くなりそうな天文学的金額を投入されてテラ・フォーミング(地球環境化)を施された火星であったが、突如、その自治領政府が独立を宣言したのである。
 独立宣言より一分遅れで太陽系惑星連合に宣戦を布告すると、本来はその太陽系惑星連合火星方面軍所属であった宇宙戦闘艦艇が、地球の衛星である月、及び木星周辺のスペース・コロニーへ向けて侵攻を開始する様子を見せ始めたのである。その軍事的規模は当時の太陽系惑星連合軍の30%にも値した。

 全軍の三割、と聞けば、大規模だが深刻な物では無いのではないか、と思うかもしれない。だが、これは数字のマジックに過ぎない。太陽系惑星連合軍――この場合は正規宇宙軍だが――の全戦力が、一点に集中していた訳では無かったのだから。

 水星の宙域から、或いは冥王星付近にて配備されていた戦力だってある。

 事実、【第一次火星沖会戦】と呼ばれたこの戦争――いや、内乱において太陽系惑星連合宇宙軍が反乱軍に対して投入できた即時戦力というのは、辛うじて同数だった。

 ここに、人類史上で初の大規模な宇宙戦争が勃発した。


 劣化ウランを仕込まれた実体弾の十字砲火、そして開発されてから一度たりとも人間に――正確に言えば人間の乗っている機体に――対しては放たれた事の無かった新兵器レーザード・ランチャーの嵐が戦場を吹き荒れ、ミサイルの雨が戦場を蹂躙した。最新鋭航宙戦闘機ワイヴァーンが激烈に過ぎるドッグ・ファイトを展開し、多くのパイロットが星間物質へと強制的に還元される事となった。言うまでもなく、パイロットには限らなかったが。

 そんな血で血を洗う様な激戦の末、太陽系惑星連合軍は辛うじてその鎮圧に成功するものの、火星の主要都市部の消滅、半数近くに昇る海産物養殖プラント及び農耕プラントの完全破壊、と言う実りの無い結果を得る事になった。
 ……そして何よりも数千万を越える推定死亡者数は、人々を戦慄させる事となった。唯一の救いは火星本星において最大の人口を抱える首都、スキャッパレリの被害が皆無に等しかった事だけ。

 火星における経済活動は主要都市部が大きすぎる打撃を被った事もあって、完全に停止。次いで、工業、農業の生産力も事実上ゼロとなり、これを皮切りに深刻な不況の風が太陽系内を駆け抜ける事になる。火星それ自体の経済力、生産能力は地球本星に続くものだったのだから、当然と言えば当然の事だろう。

 そして、その不況から抜け出せる要素が……当時の太陽系惑星連合には存在しなかったと言える。前後するが、様々な分野における新技術、開発が正にエテルナの独壇場となり始めていたのも、この頃だ。

 転落は早い。経済だけに限らないのかもしれないが。


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 そんな状況に、『油』を注ぐ出来事が起こったのは、西暦2808年の6月であった。

 逼迫する財政状況に業を煮やした太陽系惑星連合政府は、手っ取り早い解決策を打ち出した。実用化されたばかりの高速星系間通信によって、エテルナ側に税率の引き上げを勧告したのである。
 自治権を与えてあるとは言え、所詮、植民惑星に過ぎないエテルナに拒否される筋合いは無い筈だ――そう豪語して、時の連合議会上院はこの勧告発令案を半ば強引に可決した。
 さて、素早い返信が来た。当時の連合政府主席マイケル・クレメントはお気に入りのジャスミンティーを片手に、当時の流行歌を口ずさみながらその内容の確認に入った。

 返信が早いとはなかなか殊勝な心がけだ――と。

『顔面蒼白というのはああいうものだったのか』
とは、その次席秘書官が後に語ったところである。蒼白の大統領閣下は正確に五回、その内容を確認した後、その場で卒倒してしまい、軍の救急医療センターに担ぎ込まれる事となった。

 その内容はと言えば税率引き上げの拒否どころではなく、なんと『独立宣言』だったのである。

『今や、我々は完全に自らの手でその運営を司っている。植民星系国家ではなく、自治星系国家として、太陽系より独立をさせてもらう時が来た』

 もっともに過ぎる言い分である。人類史上、時代、そして場所を問わずに幾度と無く繰り返されてきた事だ。陳腐な言葉を用いれば、歴史の必然とでもなろうか。

 エテルナは、一両日中に『エテルナ共和自由国』とその名称を改める事を公表した。

 それまでは、太陽系から超越した別の星系に位置していながらも、『太陽系惑星連合特別自治領エテルナ』とされており、その名称からして植民地同然の扱いであった事は明らかであったし、その点に関して強い不満を抱えているエテルナ国民は決して少なくなかった。
 そもそもが、太陽系からの援助が生命線であった惑星開発初期ならばともかくも、今や一切を自分達で自給自足出来るだけの経済力、そして工業力を持っているにも関わらず、全GNPの10%を搾取される、という状況に対して不快感を覚えている人間は、更に多かったために、この独立宣言はエテルナ国民達の圧倒的多数の賛同を得る事となった。
 余談になるが、この時に太陽系連合がエテルナに課そうとした引き上げ率は10%増で、エテルナ全GNPの20%、というものであった。

 この独立宣言を受けて、エテルナに対して高圧的に臨むべきだ、という声は決して少なくはなかったのだが、何も打つ手を決める事が果たせなかったのが当時の太陽系惑星連合政府であった。議会は上院と下院の『怒鳴り合い』を装っただけの『馴れ合い』に終始し、エテルナ独立宣言を受けて一ヶ月が経過しても何ら、実りのある政策を打ち出せない。そして、そんな状況は一年間近く、続く事になる。


 ――そして火が放たれた。

posted by 光橋祐希 at 00:00| 【第二章】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする