2787年01月01日
第I光:『覚醒』 第三章 「戦慄の白」 - I
『どうした、准尉!? 口ほどに機体の制御が出来ていないようだぞッ!』
耳にザラ付くノイズと共に、そんな怒声がピーター・ランジェット准尉の航宙戦闘機【ワイヴァーン】のコックピット内に響いた。続いて、被弾を知らせる機械音声とアラーム音がけたたましく鳴り響く。
「畜生っ」
叫びながら、ランジェット准尉は左のスロットルレバーを押し込み、同時に右フットペダルを踏み込んだ。この准尉にとって、これがベストの機動だった。
「――これなら……!!」
回避出来る、そしてこの機動に対応を取れない仮想敵機は、その無防備な状態をこの自分、ランジェット准尉がワイヴァーン412号機の前に曝す事になるはず――と。
『甘いねぇ――准尉』
次の瞬間、有るべき空間にその仮想敵機の存在は無かった。否、それどころか准尉の412号機はその真上のポジションを、逆に押さえ込まれていたのだ。
「なあっ!?」
『……Au revoir !!(またね)』
仮想敵機のパイロットが放ったその言葉の意味するところを准尉は理解できなかった。だが、してやられた事、そして完全な実力差を見せ付けられた、という点だけはハッキリと理解できた。それと同時に、仮想敵機に相当な、『余裕』があると言う事を。
仮想敵機の砲身に光が煌めいた、と准尉が認識した瞬間、そのコックピットは完全なる暗闇に包まれた。
『――参りました……』
ランジェット准尉の苦渋を隠し切れていない声が届いてきた。
「まあ、スクール上がり半年にしては良くヤレている方さ」
教官カラーに設定されている仮想敵機のパイロットは諭すように、だが少々の揶揄の念も込めてそう言った。
「スクールやシミュレーションで『少しばかり』良い成績が出せたところで実戦に反映されるとは限らない。増長するのはまだ早いんだよ――准尉さん?」
『肝に銘じておきます――』
どうも落胆の色が濃過ぎる声色だったので、教官機のパイロットは半ばのフォローを行わずにはいられなかった。
「まあ、素質はあるようだから、これからも精進することさ……って何だか古い言い回しになってしまうけがね……さて、帰艦しよう。准尉、機体に異常は無いだろうね?」
『……はっ、異常見当たりません。計器類は全て正常を示しています』
パイロットにいつまでも落ち込まれていては困る。士気の低下甚だしいパイロットなど、実戦で使い物になる道理が無い。
まあ、若いんだから大丈夫だろう、と考えが及ぶに至って、教官機のパイロットは苦い笑いを人知れず、そのヘルメットの中で構成した。
――俺だってまだ、二十代の『若造』に過ぎない。
「ま、お疲れさん准尉。帰艦するぞ。――【エクスィード】管制、聞こえるか? こちら58改め、教官機01号機」
准尉の返事を待たず通信回線を切り替え、教官機の主観前方にて遊弋中の母艦に通信を入れる。
『こちらエクスィード管制に代わり、ソフィ・ムラサメ中尉です。聞こえています、バッチリと。跳ねっ返りの准尉の指導、ご苦労様でした』
そう応じてきた声は女性のものだった。静かな物言いの中に、どこか意志の強さを感じさせる要素がある。ワンテンポ遅れて、映像が届く。白い髪留めが黒い髪を引き立たせている、日本人系の若い女性の姿。ソフィ・ムラサメ中尉である。
「ほー。中尉、模擬戦を観察していたのかい?」
『ええ、バッチリと記録させて頂きました。後の教材にもなる見事な回避機動でしたね。小笠原のスタッフ達も喜ぶかと?』
「まあ、参考にして貰えれば幸いだが――恥ずかしいものだな」
パイロットがそう述べると、中尉は口元に手を沿えて一頻り笑った。
『またまた、ご謙遜を――久しぶりの搭乗だ、と言うのに見事な機動でした。これは本当に心から感服いたします』
前半と後半の口調を全く変えて、画面の中のソフィ・ムラサメ中尉は宇宙軍式のコンパクトな敬礼を作って見せた。
「ありがと。さておいて、これよりワイヴ01号機、及び412号機はエクスィードに帰艦する」
『了解――帰艦シグナルをこれより発信しますね――何ッ!?』
中尉の穏やかな声が、突如として剣呑の色を含んだ。
「どした、中尉?」
『救難信号を受信!久しぶりの『お客さん』ですよ、どうやらこれはッ!!』
慌ただしい遣り取りが通信のバックグラウンドで耳に入ってくる。艦橋が一転して火事場になっている、そんな状況が充分に伝わってきた。
「詳しい状況を知らせろ」
教官機パイロットが命令を行った。もはや、軽口を互いに交わし合える、そんな状況では無かった。
『――ええと……距離は37。たった今、本艦の望遠にて火線を確認しました』
「37か。遠くはないね――」
『ですが、近くもありませんわね』
「そりゃそうだ。中尉、頼みたいことがあるんだが――」
『――ワイヴで先行する方が早いですね』
先回りな返答だったが、教官機のパイロットは満足した。
「であろうな――宜しい。スクランブル待機要員はこれより十分以内に指定のエリアにスクランブル(緊急出撃)を行ってもらう。それに伴い、半弦休息は今時刻をもって解除。総員、指定の配置に着くように。アラートは――そうだな、レベル2!」
『了解致しました! ところで艦長は――?』
「文字通り、乗り掛かった船だ。久しぶりに中隊の指揮を執って見せようかと思う。残弾も……充分だ――副長にはエクスィードの指揮を頼む。有事の艦長承認である。それと、01号機は現時刻をもってデフォルト(通常色)に戻すので、念の為、各パイロット達にも伝えておいてくれ」
『了解しました。ソフィ・ムラサメ中尉はこれよりエクスィードの指揮を預かります。そして、指定のエリアに五分以内にスクランブル待機中のワイヴ5機を投入――艦内アラート・レベルは2に指定、隊長機01号機のカラーリングはデフォルト――』
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「オラァ! モタモタすんな! 準備の済んだ機体からトットとホッポリ出せ!」
装着したインカムのマイクに向かって怒鳴りながら、その整備士長は持ち主不在の59号機の装甲板に両の手を叩き付けた。
気密服の腕章から階級は中尉である事が分かり、そして軍隊事情に詳しい者の目からすれば、この期に及んでヘルメットを腰のアタッチメントに固定したまま、と言う状態を見る事で、この整備士長が歴戦の猛者である事を伺う事もできよう。
『64号機、ロッシュ少尉の発進準備が完了――』
部下の一人がそんな報告を上げてくる。整備士長は左腕に固定された端末を素早く弾き、そんなロッシュ少尉への直通回線を開いた。
「エドワード、良くやった。貴様が一番手だ。一発の被弾も許さんぞ! そのまま帰ってこい!」
『ヤー(了)。宇宙海賊ゴトキに遅れは取りません、サー』
「ようし――良く言った! 艦長を宜しく頼むぞ!」
そんな整備士長は相手の返答を待たず、腕の端末を再度操作した。
「管制――こちらスコット・ロードマン中尉。64号機から順次、発艦させる。以後の管制を宜しく頼む」
『管制、了解――ちなみに副長からの伝言。あと三分以内で全機の射出を成功させないと背徳的なオシオキが待っているとのこと――』
エクスィードのオペレーター、ジャン・クロード・コプラン伍長がそんな事を言ってきた。苦笑いを浮かべながら、スコットはヘルメットを装着した。『オシオキ』はともかく、背徳的云々は完全に彼の独創だろう。
「――心得た。ある意味で楽しみだ、と伝えておいてくれ」
マゾヒストである事を認めたスコットこと、ロードマン中尉は再度、インカムに向けて怒鳴り声を放った。
「テメエら、モタついてんじゃねえ!! 副長にインモラルなオシオキを受けてえのか!?」
『受けたいかも〜』
そんな声をスーツの外部スピーカーで返してきたのは62号機の専属パイロット、レイチェル・リッテンバウム少尉であった。ようやくもパイロットスーツの着装が完了したようで、そんな少尉はどこかノンビリとロードマンの前を抜けて行く。
「とっとと乗らんかい!」
怒号と共に、スコット・ロードマン中尉はそんなリッテンバウム少尉の背中にローリング・ソバットを放った。言うまでもなく、無重力だからこそ行える芸当ではある。ちなみに整備士達の間では、そんなロードマンの必殺技は『竜巻旋風脚』と呼ばれていた。
『――いやあん』
狙い違わず、62号機の風防に流れて行くリッテンバウム少尉。
スコットは一つ、呟いた。
「Hole in One!!(ホール・イン・ワン)」
……念の為、軍艦の中での出来事である。

