2774年01月01日

第I光:『覚醒』 第五章 Off-Martian Engage as 火星沖会戦 - I


    [Honor the memory of those who were killed in the war……]
       (全ての戦没者に心からの哀悼の念をここに表すものである)

       a flight lieutenant, Chricetopher Allen nicked this message
               to one's Fighter, at the very end of the war.
       (宇宙軍大尉、クリストファ・アレンによって終戦間際に
                        その機体に刻まれたメッセージ)




【AD 2805.02.17 AM 10:57 太陽系惑星連合宇宙軍第二艦隊所属航宙母艦クサナギ】


「おい! ボーズ! ブリーフィングの時間だぞ!! 着いてこい!!」
 そんな、荒っぽい声がクリストファ・アレン准尉に投げ付けられる。航宙戦闘機【ワイヴァーン】のコックピットにおいて、シートや操縦桿などの微調整を行っていた彼は半ば反射的に立ち上がる事になった。
「あっ、はい! 申し訳有りません!!」
 整備マニュアルをキャノピ(風防)内側のグリップ・フレームにマグネットで固定しながら、慌ててクリスは声の主の元へとその体を向けた。久し振りの無重力になかなか順応出来ず、お世辞にも速やかにその後を追えたとは言えない。
 目測を誤った結果、数回程も天井や壁を無駄に蹴らなくてはならなかった。
「――全く、世話を焼かせないでおくれよ」
 そんな事を言いながらも、ラゾォーラ・ヒッコリ少尉は居住区直結のエレベータ前で待ち続けてくれていた。口は悪いのだが乗艦以来、何かとクリスの面倒を見てくれている女性士官だ。そんな彼女の年齢は24才である、と聞いていた。
「――申し訳有りません」
 そう答えたクリスの額をヒッコリ少尉は笑いながら、軽く小突いた。
「まあ、最初はしょうがないさ。さ、行くよ!」
 少尉がボタンを押し込むと、エレベータの扉は直ぐに開いた。どんな状況下でも五秒と待つ事の無い構造になっているのだ、と言う事を少尉は説明してくれた。
「加重、掛かるよ。大丈夫?」
 エレベータに乗り込んで、居住区直通のシグナルを入力しながらの少尉の言葉だ。
「……もう馴れましたから」
 確かに、エレベータが居住区へと結合する際の加重にはようやく馴れた。初体験の際に、自分がエレベータ内で急激な重力の発生に対応出来ずにひっくり返ってしまった事をこの少尉は覚えているのだろう。忘れて欲しいけど。

「居住区内のbフロア、21区画。基本的に我々【エンプレス】のブリーフィングはそこで行われるから、通路とか頭に叩き込んでおきなよ。いつでも、アタシがあんたをエスコートできるワケじゃないしね」
 肩を並べて通路を足早に歩きながら少尉が説明を行ってくれた。乗艦してまだ二日目のクリストファ・アレン准尉としては、正直言って覚えなくてはならない事が多過ぎる様な気もするが、泣き言を言っていられる状況では無い。
「――はい。叩き込んでおきます」
「まあ、ブロック毎に表示もあるし、まず問題は無いと思うけどな」

 クリストファ・アレン准尉の討伐艦隊――つまり太陽系惑星連合正規軍――への配属が決定したのは、ほんの三日前の事だった。そんな三日前まで、クリストファ・アレンは地球上での重力下訓練を受けているパイロット候補生にしか過ぎない存在だったのである。
 反乱軍の迅速な軍事行動に対し、正規軍が即時投入を可能とした戦力は絶対的に不足しており、時期尚早ではあるものの戦線への投入は可能――と判断を下された自分の様な候補生何十名かが強引に中途卒業をさせられ、パイロット士官として組み込まれる事になった――らしい。

 この航宙母艦【クサナギ】に、ラクランジェ・ポイントに設置されている宇宙軍固定要塞【フォート・リー】経由で乗艦を果たしたのが三日前。そして、出撃予定時刻を12時間後に控えているのが今の状況だ。
 それに備えての中隊ブリーフィング(作戦会議)が、これから執り行われる、と言う事になっていた。
 そんなクリストファ・アレン准尉が配属されたのは、ほとんど――と言うより、彼以外のパイロットが全て女性で構成されている第109航宙中隊、通称【エンプレス】中隊だった。他の構成隊員達との初顔合わせは乗艦当日の内に済んではいたのだが、戦闘開始を控えている中にあってはクリスだけでは無く、パイロット各々が自らの命を預けなければならない機体の整備、調整に相当な時間を取られていた事もあり、隊員の一人一人と話をする時間すらも禄に取れなかった、と言う現実があった。
 しかし、序列が一つしか違わないラゾーラ・ヒッコリ少尉の機体が偶然にも、クリスに用意された機体と同じブロックに収容されていた事もあって、彼女は何かと面倒を見てくれたし、色々と話をする事も出来たのだが。
 
 ――今思えば、この状況は新人の自分に対するささやかな『思いやり』なのだろうか?

 ここ二日間、クリスはそんな事を考えていた。もしかすると、小笠原の校長やら、月面のレスター大佐が色々と手回しをしてくれているのかもしれない。

 気が付けばヒッコリ少尉の足が止まっており、考え事をしていたクリスはあわやその背中に衝突をしそうになってしまった。少尉はそれには気付かなかった様だ。
「ホレ、着いたぞ。別に堅くなる必要は無いからな」
 右手親指を扉に向かって示しながらヒッコリが振り向いてきた。
「――はい」
 一つ息を吸い、クリスはブリーフィング・ルームのベルを押した。
「【エンプレス中隊】所属、クリストファ・アレン准尉、入室します!」
「同じく、ラゾーラ・ヒッコリ少尉、入室します!」
 中からの返事を待たず、二人は扉を開けて入室した。
「失礼します!」
 中には既に三人のパイロットが詰めていた。コーヒーの香りと、僅かなコロンの臭いがクリスには印象的だった。
「やあ、お疲れ准尉。少尉も」
 コーヒーを片手に気さくな声を掛けてきたのは、確かキャメロン・リー中尉だ。エンプレス中隊にあって、副隊長的な立場にいる士官だった筈。そんな彼女を含む三人は、椅子を移動させて車座になって談笑を行っていた最中だったのだろう。
「お疲れ」
「おっつかれー」
と、残りの二人も首だけで振り向いて手を振ってきた。
「こちらこそ、お疲れ様です」
 クリスがその背中を張ったまま、そんな言葉を返したのとは対照的に、ヒッコリ少尉は顔中で笑顔を構成しながら口を開いた。
「――アタシ達が一番手だと思ってたけど早いねぇ、アンタ達」
 階級が上のリー中尉に対しても通常の言葉遣いで声を掛けたヒッコリ少尉の行動にクリスは大変に驚いたのだが、特に問題は無いらしかった。

 ――パイロット同士とは、そう言うものなのだろうか?

 そんなパイロット気質は、『ド新人』である今のクリスには理解が到底、及ばない次元のものではあった。

「いや、なんでも隊長がかなりピリピリしてる、って噂を聞いたのよ」
 首を傾げながら言ってきたのはユメル・ハーン少尉。
「うえ。それは確かにおっかないねえ」
 両の肩を竦めながら、ラゾォーラ・ヒッコリ少尉は椅子を引いてそんな車座に加わった。どうにも所在が無く、困惑を禁じ得なかったクリスはそんな車座からは離れた手近な椅子へと腰を降ろす。
 そんな新人の様子に逸(いち)早く気付き、声を掛けてきたのは最後の一人、ロレンス・アムレット少尉であった。
「アレン准尉もこっちにおいでよ」
「えっ、あの……」
 そんな瞬間にヒッコリ少尉がしまった、と口ほどにものを言っている顔を作ってきた。
「ゴメンねー……気が利かなくって」
 慌てて立ち上がったヒッコリ少尉が、自分の隣の椅子を引いて示してきた。正直、クリストファ・アレンの中には『ちょっとどころ』では無い気後れの感が明確に存在していたのだが、そんな同僚の言葉は純粋に嬉しくはあった。軽い一礼を行いつつ、車座へと加わらせてもらう事にする。
「コーヒー、要る?」
 ハーン少尉がポットを持ち上げて尋ねてきた。
「あ、それでは――いただきます」
 喉は渇いていなかったのだが、断るのも憚られたクリストファはポットを受け取ろうとその右手をハーン少尉に対して伸ばした。
「――あ、いいよ。淹れたげる」
「すみません――ありがとうございます」
 謝罪とお礼を同時に述べてきたクリスに笑顔を向けながら、ハーン少尉は脇のプラスチック製のコップを一つ取り出して、濃厚なコーヒーを淹れてくれた。
「ミルクとシュガーは?」
「あ、必要ないです――ブラックで」
 再度のお礼を言ってカップを受け取りながら、熱い中身を一口だけ含んだ。美味しい。
「ビスケットもあるよ。カルシウムがふんだんに入っているから、食べておくと良い」
 そう言ってヒッコリがビスケットのパックをクリスの膝の上に乗せてくれた。カルシウム入りのビスケットは非常に粉っぽかったが、固形物を僅かに望んでいた胃袋には心地よい刺激となった。
「アレン准尉……いや、呼びにくいな――クリスって呼んでいい?」
 リー中尉が椅子と一体化している机に頬杖を突きながらそんな事を言ってきた。クリスが答えるより先に、ヒッコリ少尉が、
「そう言えばあたしはずっと『ボウズ』って呼んでた」
 ボソッと言ったものだった。
「「「うわ、それ酷い!!」」」
 他の三人が手を叩いて大いに笑った。
「かわいそうに、ボーズは無いよね?」
 リー中尉が口元に手を宛いながら言ってくる。
「ま、まあ、事実なので構いませんけど」
 圧倒をされっぱなしのクリスはそんな言葉を返すのが精々だった。そもそも、妙齢の女性達に囲まれていると言う今の状況は、気恥ずかしくもある。馴れていないし。
「まあ、じゃあクリス、って呼ばせてもらうよ。私達のこともファーストネームで呼んでくれていいからさっ」
 そんな中尉はウィンクを行いながら言ってきたものだ。
「は、はあ」
 そうは言われても――とクリスは困窮したが、無難に頷いておくことにした。
「ところでクリス――あなた、恋人はいるの?」
 アムレット少尉が突然、そんな事を話題に上げた。クリスは瞬時に凝固する。助け船を求めて一人一人に顔を向けたが。
「それは聞いておかないとならないね」
「うん。作戦上、必須だ」
「吐け」
 三人三色。でも、言っている事の意味は同じだ。
「――ご期待に添えなくて申し訳ないのですが――いないです」
 クリスは全く事実を述べた。四人のご婦人方はあからさまに落胆したように見える。
「別に隠さなくてもー」
 と、アムレット少尉がシナを作って来たが、残念ながら彼女達が期待している話題を提供することは不可能だった。
「で、幾つなの? 若いよねえ?」
 話題を変えるようにハーン少尉が言った。
「えーと――18になりました」
 少し考えてからクリスは言った。だが、その言葉は四人にはかなり驚きをもって迎えられたようだ。
「えっ? だって、士官学校中途とは言っても……え?」
「ちょっと待って、パイロット士官学校って……20からじゃないと入校許可、下りないでしょう??」
 アムレット、ハーンの両少尉が矢継ぎ早に質問を投げてきた。
「そうです。通常、満20歳からの入校許可なんですけど」
 ヒッコリが茶化すように、
「ムチャ優秀だったのか?」
 と言ってきた。他の四人も不思議そうな顔を維持している。気が進まなかったが、クリスは少し間を置いてから口を開いた。
「自分は――【アプレント】ですから――」
posted by 光橋祐希 at 00:00| 【第五章】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2773年01月01日

第I光:『覚醒』 第五章 Off-Martian Engage as 火星沖会戦 - II


「ごめんよ、変なことを聞いてしまって」
 鎮まってしまった雰囲気を壊さない声色でリー中尉が謝罪を行ってくる。
「あ、いえ。自分は別に、構いません」
 仕方が無かったとは言え、自分の特殊過ぎる境遇――それ自体によって室内の和やかな雰囲気を消し飛ばしてしまった事を、クリスは心から申し訳なく思ってしまった。
「あの、本当に大丈夫ですから」
 クリスが再度、口にした時だった。軽快なチャイム音が一つ鳴って、彼等の隊長、ビニョエラ・ラシーン大尉が部屋に入って来たのは。
「遅れてすまない――が、なんだこの通夜の様な雰囲気は?」
 開口一番、ラシーン大尉はそう言った。そんな隊長はやや浅黒い肌を持つ、眼光の鋭い女性であり、背丈がそれ程に高くは無いものの、見るからにパイロット然とした、そんな雰囲気を強く漂わせている士官であった。
「いえ、なんでもありません!」
 答えながら直立し、敬礼を作ったリー中尉に残りの全員が続いた。
「よし。全員揃っているな。楽にしてくれて良いぞ」
 返礼を簡潔に行ったラシーン大尉が自分で椅子を引いて車座に加わった。
「座れ」
 その一声で全員が着席をした。
「隊長、コーヒーは?」
 ハーン少尉がポットを持ち上げるのを見ながら、
「――ああ、お願い」
 とラシーン大尉が言った。そんな隊長が、ちょうど正面に座っていたクリストファ・アレンに目を向けたのはその時の事だ。
「アレン准尉、体の調子はどうかな?」
 クリスは背筋の張りをこの上無く強く意識し、
「問題はありません」
 と、力強く答えた。そんな返答に、隊長が軽く笑みを浮かべた。
「そうか。頼もしいことだ――機体の状況は?」
「はい。ペイント(塗装)ですが、これはメカニックによれば八時間以内に終了する、との事でした。現在は、第二次塗装が施されている最中です」
 言葉を選びながら、なんとか並べ立てる事に成功した。ラシーン大尉は満足げに深く頷いて見せた。
「期待しているよ、准尉。それと、もっと肩の力を抜いても良い。今から力んでいては、保たないぞ。ブリーフィングとは言え、自由時間の延長のようなものだ。楽にして欲しい」
 そう言って、実際に大尉は声を立てて笑って見せた。そんな隊長の行動は半ば演技めいて映ったのだが、クリスとしては恐縮するしかなかった。力んでいるのは全くの事実だったし、隊長の振る舞い方には軍隊という特殊な組織に、長く属していた事によって培われた剛胆さが自然に滲み出ているようにも見える。それに引き替え、確かに自分は確かにヒヨコ、ボウズでしか無いのだ。
「それで――だ。会敵想定時刻の変更があった。当初はおよそ……12時間後の予定だったが、どうやら更に伸びそうだ、と言う事らしい」
 ラシーン隊長のその言葉に、室内に安堵感を含む空気が満たされた。時間が多く有れば良い、と言うものでも無いのだろうが、これが初陣になるクリスとしては心の準備を整える時間があるのは歓迎すべき事に思える――もっとも、初陣であるのはクリスに限った事ではない。ここにいる全員が、実戦は初めてなのだから。安堵感を覚えたのは彼だけでは無かった、ということだ。

 【エンプレス】中隊の本来の任務は月面付近における哨戒活動であった。中隊創設時より実戦はおろか、演習以外で実弾を使用した前例すら無い。隊長を始めとして各構成員達の搭乗時間はそれなりのものにはなっているが――実戦は、未経験なのである。

 なお、【エンプレス】のみならず『太陽系惑星連合宇宙軍』それ自体にとっても創設以来、初の大規模な軍事行動となる事を付け加えておく必要もあるだろう。

「敵艦隊の動きは未だキャッチ出来ていないのでしょうか?」
 リー中尉が挙手をしながら、そんな質問を投げ掛けた。
 「うん。どうも、こちらと一定距離を保って後退を始めた、と言うことのようだが――」
 ラシーン大尉の言葉はどこか、歯切れが悪い。

『不自然な後退を始める敵には注意しろ』

 数日前まで自分の専任教官であったジェシカ・サックス中尉のそんな言葉が、クリストファ・アレン准尉の『戦術関連』と銘打たれた脳内の引き出しから取り出された。確か、正式の講義の中ではなく、茶飲み話の様な状況下で教えられた記憶がある。

「正直、不気味だとは思う」
 クリスの心象をラシーン隊長がそのまま、ストレートに代弁してくれた。
「だが、我々よりも後に進発している第三艦隊の事も敵さんは把握してる事は疑いない。彼等の行動は様子見、と言うところで間違いないだろうし、上層部もその様な判断を下している」
 ラシーンのそんな言葉に、クリス以外の全員が深く頷いた。そんなクリスは慌てて、頷いてみせるが、どうも何かが引っ掛かる。
 
 ――罠、じゃないか?
 
 理論的な説明は出来ない。ただ、何かが腑に落ちないのだ。この宙域は大体、小惑星やら何やらがそれなりの密度で散らばっており、クリアな宙域とはお世辞にも呼べない。レーダーによる索敵にしても微々たるものの筈で……。

 ――俺だったら

 ――【アン・ブッシュ(待ち伏せ)】を仕掛けるか?

 例えば、自然に浮遊しているように思える小惑星の影に、数機単位で艦載機を貼り付ける。息を殺して、ただひたすらに、美味しい獲物を待つ。レーダー自体はジャミング(電波妨害)が行われている中では全く無力と化してしまうだろう。問題は機体熱源による露見だが、機関出力を全面カットし、その機関出力の消費を要さない、ミサイル、及びバルカン砲による奇襲であれば……発見される事は、まず……無いはずだ。上層部はその点に関して全く留意を払っていないのだろうか?

「どうした? クリス? 考え事か??」
 隣のヒッコリ少尉が自分に話しかけてきている、と言う事にクリスは気付かなかった。
「まあ、初陣だからしょうがないよ」
 ハーン少尉が続けた言葉で、初めてその主語が自分自身である事に気付いた。ラシーン隊長が、思慮深げな視線をクリスに向けてきている。
「准尉、何かあるんだったら言ったらどうだ? 心配事は今の内に聞いておいてくれ」
明らかに、新人の自分に気を遣った言い方をしてくれている。だが残念ながら、この時のクリスは新人特有のノイローゼに陥った訳ではなかったのである。
 クリスは少し考えてから、思い切って自分の考えをラシーン隊長に述べる事に決めた。
「隊長」
「――なんだ?」
 クリスの真剣な色を帯びた声に、全員が注目をした。
「敵――反乱軍が艦載機による『アン・ブッシュ』を試みている、と言う可能性は有りませんか?」
「『アン・ブッシュ』だと――」
 ラシーンの黒い瞳が驚きの輝きを放つ。他の隊員達の体が固まって見えた。
「――はい。不自然な敵の撤退――いや、後退ですか――と言い、この宙域の状況と言い、自分にはその可能性が高いと思われるのですが」
「詳しく話せ」
 クリストファ・アレン准尉はつい今し方、自分の脳裏で展開された考えを可能な限り語彙に置き換えて説明をして見せた。そして最後に一つ、付け加えた。
「――自分だったら、その作戦を実行します」
 と。

「有り得るな――」
 ラシーン大尉はボールペンで自分の膝を叩いている。発言を続ける事が許されている雰囲気でもあった為、クリスは自らの推測の補強を試みた。
「必ずしも、効果的な打撃は必要ないでしょう。取り敢えず、彼等の主力艦隊が前進に転じ、こちらを有効射程に収めるだけの時間を稼げば良いだけだ、とすると……艦載機数機によるアン・ブッシュはかなり、効果的かと――」
「無人機、及び機雷設置の可能性はどうだ?」
 ラシーン隊長はどこか、嬉しそうに尋ねてきたものだった。
「――こちらも当然、相当のジャミング(電波妨害)を行っていますから、無人機、並びに機雷による攻撃の可能性には確実性が欠如すると思われるので、除外しても構わないか、と考えます――が――」
 言葉の最後で詰まってしまったのは、ラシーン隊長を除いた全員が自分に驚愕の目線を向けてきていた為だ。
 しまった、新人らしからぬ発言だったのか――クリスは、後悔をしかけた。
「准尉――私は君の履歴を拝見させては貰ったが――」
 クリスは無言で隊長が続ける言葉を待った。
「術略科関係は自学なのか?」
 ここでラシーンが述べた【術略科】、と言うのはいわゆる、【戦術及び戦略研究科】の事であって、当然、パイロット士官とは無縁の軍科である。
「――あ、いえ。ただ、専任の教官が良く、その手の話をしてくれたので」
 答えながらそれとなく隊長の表情を伺ってみたが、特に気分を害していると言う事もないようだ。クリスは少しだけ安心をした。
「良い教官だな。確かに、戦闘員だけをやっているワケにもいかなくなるからな、いずれは。だが――」
 いよいよ怒鳴られでもするのか、とクリスは覚悟を決めた。
「――あ。先に言っておくが、気分を害している、とかそんな事はないから安心してくれよ、准尉」
 見透かしたようなラシーン隊長の言葉が発せられた。ハーン少尉は、膝を叩いて、
「もしかして隊長にドツカれる、とか思ってたんじゃない!?」
 笑いながら言ってきた。残された他のメンバー達もそれに続い笑い声を立てる。
「そうなのか? 准尉?」
 自身はどうにか苦笑で抑え込みながら、隊長がそう確認してきた。
「あ、いえ、あ、その――饒舌に過ぎたかな、と考えた次第でありまして――」
「――ぶはははははっ!!」
 その言葉に、ラシーンは遂に笑い声を上げた。体を大きく揺らしながらの大爆笑であった。隊長である彼女の笑いの発火要因が何なのか、クリスには全く分からない。

「難しい言葉を使うなぁっ!」
 突然にそんな大声を上げてくると、ヒッコリがクリスの髪留めを奪い去った。後頭部、首筋で縛り上げていたクリストファ・アレンの長髪が解き放たれた。
「――ちょ、ちょ、ちょっとナニするんですか!?」
 軟質ゴム製の髪留めを取り返そうと試みたクリスだったが、犯人のヒッコリ少尉はそれをクリスの目の前でチラチラさせた後、なんと自分の整備服の胸元へと放り込んだ。
「うげえっ!?」
 豊満な胸を突き出しながら、勝ち誇った表情を見せ付けるラゾォーラ・ヒッコリ少尉。奪還は不可能に近い。だが、そんなクリスには絶望に沈む暇はなかった。
「やれ」
 その物騒に感じられる声がラシーンの発したものだ、と気付いた時には、クリスは既にその背中、両脇を誰にともなく押さえ付けられていた。
「――ちょ、ちょ、ちょっとナニするんですか!?」
 先と全く同じ台詞を上げながら、クリスは抵抗した――が、女性とは言え、三人掛かりでミッチリ押さえ付けられているのだ。
「なーんだか、新人なのにヨユーシャクシャクに見えるからね。修正する」
 ヒッコリが嗜虐的な笑みをゆっくりと浮かべた。
「そんな!!」
 軍隊における『修正』とは、当然、『暴力』の事である。念の為。
「っつうか、ジッとしなよ……」
 耳元でハーン少尉が囁いた。その吐息が首筋に掛かって、クリスは泣きたくなった。心から。
「やっぱ、三つ編みでしょ」
「いや、オサゲも捨てがたい」
 そんな他の声が聞こえた。どうもなにやら、自分の髪の毛が弄られている気配。
「ななななナニをやってるんですか!」
 振り向き掛けたクリスの頭を、ハーン少尉が押さえ付ける。華奢に見えるハーンだが、パイロットである事は伊達ではなく、かなりの力で。
「動くなっての」
 いい加減、抵抗するにも疲労を覚えたクリスは力を抜いた。どの道、抵抗なんて出来やしないのだが。
「まあ、儀式みたいなものだ。諦めろ、クリストファ」
 いつの間に回り込んできたのか、組み敷かれたクリスの前に隊長が立っている。ちなみに、クリスの茶色の瞳にはその表情までは映っていない。
「儀式……っすか……」
 そんなものがあるだろう、と予測はしていたものの、既に乗艦してから中途半端に時間が経過していたし、こんな非常時でもあるから、と楽観していたクリスだったが……。
「いいなあ、サラサラで」
「キューティクルキューティクル」
 とても軍艦の中とは思えない会話が自分の後頭部で展開されている。
「ついで。ルージュも引いてあげる」
「おい、そこまでするのは――」
「良いじゃないですか、隊長。きっと、綺麗な女の子になりますよ」
 抵抗が不可能と達観しているクリスの唇にアムレット少尉が嬉しそうに口紅を塗っていく。

『カミサマ、この拷問を早く終わらせてください』

 ――クリスがそんな事を考えていたかどうかは、定かではない。

 結局、三つ編みにされてルージュを引かれたクリスは全員に押さえ付けられた状態で、集合写真を撮られる事になった。

 組み敷かれたクリスの上にヒッコリ、アムレット、ハーンの各少尉が乗っかり、その後ろでリー中尉とラシーン大尉が部隊章に日付を刻んだボードを抱えている。言うまでもなく、クリス以外の全員が満面の笑みを浮かべていた。
 ちなみに、二枚目以降の撮影ではハーン少尉の手によって無理矢理の笑顔を強制された、口が裂けんばかりのクリスの不気味な笑顔が確認できる筈だ。

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 【AD 2805.02.16 宇宙軍第二艦隊所属航宙母艦クサナギにて】 
  『第109航宙中隊【エンプレス】結成!』
     ビニョエラ・ラシーン大尉
     キャメロン・リー中尉
     ユメル・ハーン少尉
     ロレンス・アムレット少尉
     ラゾォーラ・ヒッコリ少尉
     クリストファ・アレン准尉(新人)
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 リー中尉とラシーン隊長に構えられたボードには、そんなメッセージが記されていた。
posted by 光橋祐希 at 00:00| 【第五章】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする