2721年01月01日

第I光:『覚醒』 第十章 A・T・H・E・N・A - I


「次、パターンE−478を始めるわよっ」
「イエスマム」
 副長席のパク・ヒョンヒが艦長代理の命令を受けて、端末に命令を即座に打ち込む。ブリッジをサイレンの嵐が盛大に吹き荒れた。
「――加速器47番に異常内圧確認!」
 サブ・オペレーターの一人であるシャクティ・フォルシオンヌが異常を告げる端末の情報をそのまま読み上げた。
「47番、閉鎖。エネルギー供給停止、余剰エネルギーは予備バイパスへプールさせなさい!」
 指揮杖を振りかざしながら、ソフィ・ムラサメ艦長代理が席上から声を上げる。
「アイ、マー。47番、エネルギー供給停止。予備バイパスへ――完了」
 ナナ・マネーシーが復唱を行いながら命令を実行した。全く無駄が無い手際で命令を端末へと打ち込むが。
「駄目です! バイパスへの誘導、失敗! エネルギー供給を堰き止めることが出来ません!」
 その上半身ごと、ソフィに振り向きながらのノエル・グリーンの報告だ。艦長代理の判断を待つより、他が無い。
「くっ――」
 ソフィ・ムラサメは奥歯を噛み締めた。

 ――どうすれば良いのだ。考えなさい、ソフィ!

「――45番から50番までの加速器、及び第二対消滅機関、スクラム(緊急停止)!」
 言葉に詰まってから、それでも五秒と置かずにソフィは命令を下すことが出来た。
「第二の停止によって、フィールド出力の減衰が想定されますが!!」
 ノエルが半ばの叫び声を上げる。
「構いません。最優先です! 第二、スクラム!」
「イエスマー! 45番から50番加速器、並びに第二対消滅機関スクラム!!」

    ・
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    ・

「ふうう――なかなかシビアな状況を設定してくれるわねえ…」
 ヒョンヒが自分の額を汗で拭いながら溜息混じりの声を漏らした。
「ねぇ。意地悪いわよ、アレン艦長ってば」
 ソフィはソフィで、疲労を強く滲ませた物言いを行っている。
「ええっ!? これって艦長が作ったドリルなんですか!?」
 シャクティが両手を頭の上に乗せながら、ひっくり返った声を飛ばしてきた。
「そうよ。自分でも『辛口』なドリルだ、って言っていたけどね――これじゃ『激辛』よね…」

 彼等はいよいよ、実戦的なシミュレーションを行うようになってきていた。いずれは艦内総動員のシミュレーションを行う必要はあるが、現時点では艦橋に限定された模擬演習しか行われていない。

「さあて、一休みしたら次は別のメニューに行きましょう。さっきの様な素晴らしい対応を期待させてもらうわ」
 艦長席に寄り掛かりながら、ソフィは取り敢えずの艦橋要員達を間接的に褒め上げた。

 ――そろそろ、『発掘時間』かしら?

 軍服の袖を捲ってその腕時計を確認し、ソフィは心の内で呟いた。

 出来れば見学に赴きたいが、休息時間にあっては充分休みを摂らないと『あの人』はきっと良い顔はしてくれない。

 キリオさんやリンダと言った専門家がいるのだから、万に一つの問題も無い。

 この時点で、ソフィ・ムラサメは全く心配をしていなかった。

    ・
    ・
    ・

「ふふん、ギャラリーが多いというのは良いものだ〜ぜ」
 研究室兼私室のブラインド越しにブロックの最深部を見下ろして、一人ほくそ笑むリンダ・フュッセルであった。普段は着用しない一張羅のガーターベルトを不器用に装備をしている真っ最中である。これぞ勝負下着。意味は違うけど。
「よっしゃ!!」
 おろし立ての白衣を掴み上げて、リンダは私室を後にした。気合いも入ろうと言うものだ。いよいよ、『人型』の発掘開始なのだから。

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「宮本武蔵の登場か?」
 肩で風を切って登場したリンダにヒムラ・キリオが声を飛ばしてきた。
「おうさ、主役は最後に登場するってね――」
 軽口で返しながら、リンダは眼前のベークライトの塊を見上げた。既に信管のセッティングは前日中に完了していることもあって、あとは手順通りの発破作業を繰り返していくだけの状態である。
「中身って何色なんですかあ?」
 握り飯をモゴモゴとやりながら尋ねてきたのはタカハシ・ユミエであった。何か、見世物と勘違いでもしているのではないだろうか――リンダは苦笑した。ちなみに、集まったスタッフ達は三々五々、飲み物などを片手に床面に座り込んでおり、この工房ブロックはキャンプ場の様相を呈してしまっている。
「――この塩ムスビと同じだよ。純白だ。アナタ色に染めてください、ってトコロかな?」
 そんなユミエがバスケットを差し出してきたので、リンダは握り飯の一つを手に取りながら説明したものだ。
「それ、違うと思う――」
 キリオが体全体を揺らしながら大きく笑った。
「そう言えばクリスは?」
 塩ムスビに囓り付きながらリンダはそんなキリオに聞いた。中身がオカカだったのは少しだけ残念だった。
「おう、これから来るってさ。部屋でエテルナ史を自学していて時間の感覚を喪失してしまっていたそうな」
 腕を組んでいるキリオはどこか、溜息混じりに言ったものだ。
「――しかし頑張りすぎだね、ヤツは」
 指に残った米粒を丁寧に食べ除きながらリンダが呆れてみせる。これは実は先日、ソフィ・ムラサメがクリストファ・アレンに対してぶつけた言葉と同じものであった。
「まあ、でも以前に比べれば休んでいる方、みたいだけどな」
 実は、ここ数日のクリスの微妙な変化にキリオは感付いてはいたのだが、口にするまでには至らなかった。
 そして片やリンダ・フュッセルもまた、ソフィのささやかな変化に勘付いてはいたのだが、やはり口にはしなかい。

 ちなみに、リンダ・フュッセルにおいてはおおよその見当は付いており、今日明日にでもソフィを追求してみようかと企んだりもしている。

 恐怖せよ、男子諸君。恐るべきは『女の勘』である。

   ・
   ・
   ・

「遅れてすまん――待たせちゃったかな?」
 リンダが二つ目の塩ムスビを手に取ったその時、工房ブロックに誰よりも遅れて到着したのはクリストファ・アレンその人であった。
「ちっ、武蔵は取られちゃったか――」
「――?」
 そんなリンダの発言にクリスは小首を傾げた。
「ふふっ。何でもないよ」
 武蔵って剣豪で名を背負う人間だったか――そこまでは思い出せたクリスだったが、日本の歴史文化には造詣が浅いこともあって、巌流島でのエピソードまではとても至らなかった。
「よし、んじゃ始めるっぺさ!!」
 高らかな宣言を行うと、リンダは白衣のポケットに両手を突っ込んだ状態でサチコ・スズキの元へと体を運んでいった。
「なんだ、きっかり時間通りのスタートじゃないか」
 自前の腕時計を一瞥しながら、そんな言葉をキリオに向ける。
「リンダは『せっかち』でな。十分前行動がポリシーなのさ」
 整備服のチャックを首元まで上げ、キリオが説明を行った。
「へえ――軍隊向けの性格ではあるねぇ」
 そんなクリスの言葉はどうやら冗談であるらしかったので、キリオは軽く笑った。
「艦長っ! もし良かったらこのステップで一緒に昇ろうよ。アナタの特等席だよ」
 ヘルメットを掲げて示しながら、リンダが遠方から声を投げてきた。
「了解!」
 声と共にその片腕を上げて示しながら、クリスはキリオが差し出してくれたヘルメットを受け取った。どうやら特等席はキリオにも用意されているらしい。

「女神のお披露目、か――」

 クレーンのステップにキリオと肩を並べて向かいながらクリスは唐突に呟いた。
「へえ、『彼女』なんだ?」
 そんな発言者よりも頭一つ分も背の高いキリオが声を落としてくる。
「――え?」
「いや、お前さんが『女神』って言ったからさ」
 ヘルメットの紐を強く締めながら、訝しげな面持ちでキリオが言う。
「ああ――そうだね――言われてみれば――なんでだろ?」
 自分の発言であることは確かだが、釈然としないクリストファ・アレン。

 ――妙だ。何かが。

 ――何が?

 結局、作業クレーンの整備台へと乗ったのはクリス、キリオ、リンダ、サチコの四人だけであった。実際、その整備台には余剰スペースはほとんど無く、五人も乗り込めば寿司詰めだ。
『おうっし!! それじゃ、一段階目、行くぞ! 破片は散らないと思うけど、全員注意しろ!』
 手に持った拡声器で足元のギャラリーに注意を喚起したのはヒムラ・キリオだ。いつになく、テンションが高く見えるそんな彼の横顔を眺めたクリスは人知れず、小さな笑い声をこぼしたもの。
「うし!」
 リンダが隣のサチコの肩に手を置いた。頷いたサチコが膝の上に乗せた端末を操作する。
「いっきまーす!」
 宣言し、サチコは大仰な動作でキーを押し込んだ。

   ・
   ・
   ・

『なんとまあ、呆気のない――』
 陶磁器の花瓶が割れるような音が一つ鳴っただけで、果たして『頭部』上方のベークライトは粉と砕け散った。拍子抜けも良いところで、大きな爆音に備えていたクリスはどこか物足りなさすら覚えた。ちなみに、クリスが期待していた爆音は『TNT(トリニトロトルエン)火薬』の類が発生させるものであり、さすがのフュッセル女史もそんな物騒な爆薬を発破に用いる事は無かった。

「ご開帳!!」
 リンダ・フュッセルが叫びながら、自ら手を叩いて足元に控えるギャラリーの拍手を要求した。

「すっげ」
「いやあん、綺麗!」
「っつうか、冷静に考えるとキモいぞ〜」

 各自の感想は雑多だったが、そんなギャラリー達の間から大きな拍手が沸き起こる。
「ありがとう! ありがとう!」
 なんだか、政治宣伝の街宣車に乗っているような、微妙極まる気分へと相成ったクリストファであったが、その口の端には乗せなかった。高度な戦術的判断と言うこと。
『続いて、頭部第二、第三! 問題は無さそうだが、各自充分に注意しろ!』
 キリオが怒鳴り、サチコが爆破信号を二つ、続けて入力した。最初の爆破の結果に不具合が有るようであれば時間を置いて慎重なる移行を試みるところではあったが、一回目の発破が想定以上に効率的であった事もあっての連続的な実行であった。勿論、リンダ・フュッセルの判断によるものだ。

 ――パキィッ!!

 代わり映えのしない音を立て、完全に『人型』の『頭部』が露出した。リンダの推測通り、その装甲の色は白。いや、白銀と評するべきかもしれない。よりにもよってクリスの愛機とほとんど変わらない色彩であった。苦笑が漏れかかるのをクリスは止められずにいた。
 そんな頭部から生えている通信アンテナと思しき細い一本が、それまで自身を束縛していた凝固素材の粉砕によって、鈍い音を立てながら前後左右に静かに揺れている。

 そして人体に喩えれば目元となるのか――その部分から細かく流れていく粉末と化したベークライトの滝は、見る者にどこか、『涙』を連想させた。

「イエーイ!」
 心からの満足を覚えながら、眼下の支持者達に手を大きく振り返しているリンダ・フュッセル。ふと、クリスはたった今、露出したばかりのそんな『頭部』に目を向けた。当然、その両手には拍手を維持させたままである。

「――!?」

 クリスの体は『人型』の眼前、やや斜めにその立ち位置が定められていたのだが。

 『人型』の『目』の部分に動きが見えた。見間違いではない。アイカメラ――その下で、何かが微妙に動いている。

 クリスの直感。
『自分と目が合っている!?』
 背筋を電撃に等しい悪寒が迸った。

「おいっ、リンダ!」
 クリスは慌てて、リンダの肩を引き寄せた。
「あいん?」
 喜びに浸りきっているリンダがそんな間の抜けた声を漏らす。
「ななななななんか変だぞ、コレ! 動いているよ!!」
 ここまで狼狽している艦長を見るのは初めてだった。その点には言及せずに、リンダは片手で頭をボリボリと掻いてみせた。
「――なわけねーって」
 実際にリンダやキリオが覗き込んだ時には、クリスが感じた動きは完全に見られなくなっていた。
「いや、本当に……動いていたように見えたんだが――」
 どことなく気まずい雰囲気の中、クリスが呟く。
「砕け散ったベークライトが舞っていたからそう見えたんじゃない?」
 そう言われると、そんな気もしてきた。
「そーかも……すまん」
 それ以上の主張を続ける程の確固たる根拠が存在するわけでもなく、なんとも情けない気分に陥ったクリスであった。

 ――なんだかなあ、もう。

 そんなクリスのささやかな悩みをよそに、キリオなどは興奮を隠そうともしていない。
「リンダ! 頭部がコックピットを備えているんじゃないのか? 意味深なマーキングが確認できる!!」
 整備台の手摺りから半ば体を乗り出させながら、キリオが唸った。
「ああ、やっぱり? そんなこっちゃないかなあ、とは思っていたけどさ」
 そんなキリオの背中に乗るような形で、リンダが同じく頭部を覗き込んだ。
「――まあ、いずれにせよ次の発破に移らないと」
 そんな二人の会話を他人事の様に聞きながら、クリスはその『両目』を睨み続けた。自分が先刻、認識した『動き』。
 自分の五感に対し、控え目に言っても相当の自信を持っているクリスとしてはそれでも、見間違いとは認められない――いや、認めたくない事であった。

 ――そもそもが君は、何の為に造られたの?

 そんな自分が目の前の『無機物』に対して、擬人化を当たり前のように行っていることには気付かないクリストファ・アレンであった。

『続いて両肩の第一段階、行くぞおっ!』
 キリオが再再度、拡声器で足元に群がっているギャラリーに注意を喚起した。上擦っているその声は暗に、彼自身の興奮を反映させているようにクリスの鼓膜には届いた。
「第一段階で両肩の装甲にロックを掛けるんだったよな?」
 いつの間にか自分の肩に手を置いてきているリンダに対して、クリスは質問を行った。
「ああ。装甲を傷付けることは無い。エアカーの装甲にだって傷一つ付かない設定を行っているからさっ」
 答えてくるリンダは満面に笑顔を浮かべ、この上なく幸せそうだった。
『コラぁっ! そこ! 危ねぇぞっ!! もっと下がれってえの!!』

   ・
   ・
   ・
 結局、そんな『人型』の全身が【フォーチュン】工房ブロックにおいて完全なる露出を果たすのには数十分と言う時間を要する事となった。

 自身を堅く拘束していた『鎖』の尽(ことごと)くを弾き解かれ、各関節部を細いワイヤーで繋いだだけの状態であるそんな『人型』は、前のめり気味の脱力姿勢を余儀なくされていた。その両肩部だけが整備用クレーンで固定されている為である。

 そんな光景を喩えるのならば『糸操り人形』の様な、とでもなろうか。両脚部と背面のユニット――言うまでもなく、使途は不明――の一部が床に着いてはいるが、その両の腕(かいな)は不安定に前後、左右へと静かに揺れ続けている。

「ほえー」
「うーん」
「アッチョンブリケ」

 足元のギャラリーから感嘆とも嘆息とも付かない声が発破開始直後より上がり続けており、止むところが無い。そんな彼等の動揺、心理状態を充分に理解できるクリスであった。いざ、こうして対象が形を成しての出現へと至ってみると、自分の心構えが如何にも脆いものであったかを思い知る事ができたのだから。

 その表面上はどうにかの平静を保ててはいるものの、精神の箍(たが)が爆ぜ飛ぶのをどうにか抑えている状態が今のクリスである。

 ――こんな馬鹿馬鹿しいことがあるか。

 この期に及んで、これまで培われてきた『常識』がどうしても素直な感動、好奇心の発生を大いに邪魔してくれている。
「うおー、すげーーーーーーっ!!」
 しかし、そんなクリスの軽からぬ逡巡を吹き飛ばすような大声が下方より飛ばされてきた。クリス達がその視線を落とすと、フローラ・ザクソンとその下僕(シモベ)達がブロック入り口からこちらに向かってくる様子が確認できた。ブロック全体に響く程の大きな声を立てたのはフローラで、他の四人の下僕達は間抜けな大口を開いたまま、ただただ呆然として向かって来ているように見える。自分達の作業に区切りを付けてより訪れた、新たな野次馬である五人組だ。
「うんうん」
 そんな反応に満足し、新たなギャラリーに向かって整備台上から手を振り返すリンダ・フュッセルであった。
「で――これからどうすんの?」
 その内奥を浸食し始めている不快感――自分の予測範疇を盛大に越える物を目の当たりにした際に人が覚えて然るべき当惑――に顔を若干顰めながらのクリスの質問である。

 身も蓋もない言い方を用いれば彼は純粋に『気持ち悪かった』のである。

「予定ではこれで終わらせるつもりだったけど…ああも露骨にコックピットが示されているとなると――なあ」
 答えてきたのはヒムラ・キリオであり、その表情はまるで、新しい玩具を手に入れた少年のように輝いている。
「開いてみたいねぇ」
 リンダが強い相槌を打った。

「中に何もなければいいけどな――」

 クリスの独り言であったが、独り言としてはその声は大き過ぎた。リンダとキリオ、サチコがその体を同時にビクリと大きく震わせた。

 言われてみれば、と言う事だ。コックピットの中が『無人』であるという保障は無い。

「や、やっぱちゃんと調べてからの方が良いカナ――」
 恐る恐る振り向いてきたリンダがそんな事をか細い声で言ってくる。彼女らしからぬ声色ではある。
「即身仏(そくしんぶつ)だけは勘弁して欲しいよネェ――」
 続いたキリオの言葉もどこか余所余所しい。

「――僕が最初に乗ろう」

 自分の胸を親指で指しながら、クリスは軟弱な――と言っては失礼に当たるか――彼等にそんな提案を行った。引き攣った表情を等しく並べたまま、キリオとリンダがそんな言葉を受けて、ゆっくりと振り向いてくる。
「死体は見慣れてる。どうって事ないさ――」
 何の自慢にもならない事を述べつつ、既に自分のフライトジャケットのジッパーを下ろしているクリストファ・アレンだった。
「いや、別に今じゃなくても――」
 蒼い顔を保ったまま言ってくるリンダに、クリスは自分のジャケットを押し遣った。
「気になるじゃないか。個人的にも興味があるしさ――」
 整備服の袖を肘まで捲り、その襟元を正しながら言葉を続ける。
「――それとも怖くなったのか? たかだか即身仏の一つや二つ、どうってコト無いよ。見付けたらきちんと弔ってやれば良いだけの話だし?」
 半ばの笑みさえ浮かべながら、クリスはリンダとキリオを挑発した。
「ぬー――そこまで言われちゃあリンダさんも引っ込めねえなあ、畜生――」
 押し付けられたジャケットをその両腕で締めながら、リンダが悔しそうな表情を浮かべる。怯えと強がりがブレンドされた、それは複雑な顔だった。

「――やっちまおうや。後回しってぇのも考えたら気持ち悪いしな」

 リンダよりも早い決断を下したキリオが、サチコの上半身越しにクレーンのレバーを握った。そうと決めれば行動は早いヒムラ・キリオであった。
「――うわったたた」
 突然の足場の稼働にリンダがそのバランスを崩し掛けたが、宙を掴むばかりだった彼女の腕をクリスの左腕がガッチリと掴んでくれた為、転倒までは至らなかった。人一人を掴みながら、自身すらも微動だにしない艦長のそんな力強さに、
「クリス、あなた体重は?」
 リンダはその場にあっては全く関係の無い質問を感謝の言葉の代わりに提供してしまった。
「54キロだが――それが何か?」

 ――アタシより軽いんじゃねえか

「いや、随分と力持ちなんだなあ、って思ってさ」
 心の中で思った言葉を口にする事はさすがに出来なかった。だってだってオンナノコだもん。
「トレーニングを怠っていないだけさ。別に自慢にもならん」
 腕に更に力を込め、リンダの体勢をより安定させたクリストファである。勿論、涼しげな顔のままで。当たり前の様に言うのが凄い――リンダは強くそう感じた。改めて、この元軍人の評価を高めざるを得ない。
「リンダより軽そうだけどなあ――」
 しかし、キリオは余計な事を言った。
 「………」
 クレーンを操作中の相手に暴行を即時実行する程、リンダ・フュッセルは短気ではなかった。こんな状況が落ち着いてから、無重力を維持されている別のブロックでパイル・ドライバーを仕掛ける決意を静かに行っただけで、その場は流す事としたのである。

 クレーンが動き出したことで、床のギャラリー達が騒ぎ始めている。

「しゅにーん! 何をやるんですかあああっ!?」
「ずるーい!! 俺達にも何かをやらせてくださいよおおおおっ!!」

「気持ちは分かるが――サチコ、説明してやってくれ」
 数時間後の悲劇(パイル・ドライバー)を知る事も無く、好奇心が旺盛な部下達の反応に対して苦笑いを浮かべたキリオは、その背中に抱えていた拡声器をサチコに手渡した。
「――りょうかーい」
 笑顔を維持したまま、拡声器を受け取ったサチコがその電源を素早く押し込み、その息を大きく吸い込んだ。

『今から『人型』のコックピットを解放しまあす。中に『ミイラさん』が入っているかも分からないそうなので、近付かない方が賢明だそうでえす――』

「――何もそこまで言わんでも…」
 莫迦正直な状況報告を実行したスズキ・サチコに対してゲンナリとした表情を作ったクリストファ・アレンである。
「うわあああああああああああああああっ!!!!!」
「イヤだ、絶対イヤだ、夢に見るようっ!!!!」
「それだけは勘弁な!!」
 案の定、蜘蛛の子を散らすように足元のギャラリーがブロックの奥面に駆け出していく様子が見えた。両手を高く掲げたまま、下半身だけで逃げ出すという絵に描いた遁走を行っている者も数名。
「みんな正直だねえ?」
 リンダがキリオの足を軽く蹴り付けながら冷やかした。
「――まあ、至極通常の行動だろうけどさ」
 キリオは溜息混じりの返答を返す。全く、今更ながら現金な連中だ。
 逃げ出した自分の部下達とは対照的に、フローラ・ザクソンを含む五人組がその場で留まり続けているのがどうにも悔しい。そりゃあ彼等は歴戦の猛者であり、民間人からは程遠い位置にいる連中だが。
「ほい、これ使いな」
 高度が高度でもあるので、クリストファの腰には命綱が巻かれることになった。その高さは床面よりおおよそ15メートルと言ったところである。クリスにとっては何でも無い高さではあるが、万が一の事を考えると勢いに任せた場当たり的な行動は回避するべきであった。
「そんじゃ行くぞ――っと」
 クレーンの手摺りに片足を乗せたクリスは、そんな掛け声を放った次の瞬間にはだが、『人型』の肩へと跳躍を行っていた。人体に例えれば首回りとも肩とも付かないフラットな装甲板に先程から目星を付けていたのである。
 全く危なげ無く、クリストファ・アレンはその『人型』の肩へと飛び乗った。やや勢いが余り、その片手を装甲に付く必要が有りはしたが、どうという事は無い。
「――む」
 軽量のクリストファが勢いよく飛び乗ったところで揺れる『人型』では無かったが、クリスとしては如何にも頼りなげな印象を受けざるを得なかった。先日からリンダが断定をしていたように、その装甲の手触りが正にFRP(強化プラスチック)のそれであった為だ。
 装甲それ自体に興味も関心も無いので、クリスはいよいよその『横顔』へと体を向けた。下の方からフローラの怒鳴り声が聞こえてきたが、無視をさせて貰う。どうせ、彼女が一番に乗り込みたい――と駄々でもこねているのであろう。
 ちなみにクリスのそんな邪推は微妙に外れていた。
「おいってば! アタシに代わりなさい!!」
 高みのクリストファに向かって声を飛ばし上げるフローラ・ザクソンであった。
「しょうがないですよ、クレーンはあの一台しか立ち上がっていないし。諦めた方が――」
 整備帽を扇いで自分の胸元に風を送りながらスコットが呟く。
「アタシが興味本位で言っていると思ってンの!?」
 剣幕を保ったまま、振り向いてくるフローラに対し、スコットは首と両の肩を大きくすくませた。
「――えっ、ちゃうんですか?」
「「「違うんすか?」」」
 なんと、スコットが意外そうに答えるのにライル、チャーリィ、リオンまでもが唱和してきた。

 ステ、ポテ、チン、ポキ。     (註:擬音)

 麗しのフローラ・ザクソンの劣化ウランよりも強固な鉄拳が彼等の頭部に振り落とされた。

「クリスに負担を掛けたくないんだよな、これ以上――」
 その長い赤毛を爽やかに掻き上げながらの決まったポーズと言葉であった。
「「「「すいましぇん、アネさん」」」」
 その背後で頭を抑えながら謝罪するズッコケ四人組の存在が無ければ、の話だ。

 その普段の行動、言動からは誤解を受けやすいが、フローラはフローラなりに弟分のクリストファ・アレンを心配しているのである。
 時として、兄貴分ともなる彼の精神的な『危うさ』を現時点で最も強く認識をしているのは実は彼女だけかもしれない。
「まあ、乗るだけなら大したことは無いだろう」

 なお。

 フローラ・ザクソンは。

 これよりかなりの後に。

 それこそ『死ぬ程の』後悔を伴って、今日のこの日を振り返る事になる。


 そんな自分の足元で繰り広げられているドツキ漫才(漫才だけでもないが)を知る由もなく、クリスはその上半身を屈めた。
「――これかな?」
 そんな『首後ろ』に備えられていたコックピットの開閉スイッチと思われるパネルを指差しながら、整備台のキリオ達に声を投げる。
「ああ、多分それだあ。手動で出来そうか?」
 キリオが声を大にして返事を行ってきた。
「どうかな――」
 クリスがカバーを引き上げると、そこには果たして親指大のボタンが5つ程、並んでいた。そして使途の不明な拳大のパネルが更に一つ、奥まって存在している。その表面を軽く触ってみるが、反応は全く無い。妙に冷たく感じられたのが気にはなったが、この『人型』において使途はその尽くが不明なので、とてもいちいち過剰に反応してはいられない。
 ちなみに、そんな『謎パネル』以外のレイアウトはワイヴァーンのそれとほとんど変わらなかった。ボタンの手触りもどこか同じに思える。やはりラリー・インダストリーにて建造されたものなのだろうか。
「レイアウトはワイヴと同じだ――やってみる」
 自分の言葉にリンダが頷くのを確認し、クリスは取り敢えず最も基本的な入力――ロールアウトされたばかりの新型機のハッチを初めて開口する時の手順に基づくもの――を行った。

 【4】…【2】…【1】…【3】…【5】――

「駄目かなぁ?」
 これで開かなかったら自分にはお手上げである。リンダやキリオに任せるしかないだろう。後はスコットあたりでもやれそうではあるが。
「――無理か」
 クリスが整備台上のリンダ達に降参のジェスチャーを作り掛けたその時の事だ。

 空気が漏れ出る様な音が突然に発生した。続いて、金属同士の擦過音が甲高く響き始める。
「ビンゴ!?」
 半ば叫んだクリスの眼前で、人間に例えれば耳とも頬ともなろうか――そんな部位が明らかに稼働を始め、装甲板(?)の一枚がゆっくりと、だが大きく跳ね上がった。
「おおっ!!」
 キリオとリンダが感嘆の声を同時に上げた。

「中を確認する――」
 手摺りから乗り出さんばかりの彼等に言ってから、クリスは腰の命綱を外した。これから先は明らかに邪魔なものとなるからだ。
「気ぃ付けろよー」
 そんなリンダの言葉を背中に受け、跳ね上がった装甲板に手を当てながらコックピット・ハッチと思しき前にクリスは移動した。だが、不安感と等量の期待感に満たされていたクリスにはどこか、拍子抜けの光景がその眼前に展開されていた。装甲板が跳ね上がっただけで、ハッチと思われる部位の開口が全く認められなかった為である。他にスイッチが有りはしないかと素早く確認を行ってはみるものの、それらの類は全く見当たらない。
 恐らくは上下に開くのであろうハッチの接合面は確認できるが、固く閉ざされており、薄紙一枚も通してくれそうにもない。

 ――参ったなあ

 ここまで来て、『やはり駄目でしたー』と言うのはあんまりにもあんまりだ。そんなクリスが途方に暮れていると、予測外の事態が突然、発生した。

 こちら側、つまりクリスの側に対して微かな膨らみを見せていたそんなハッチの表面に淡い光が薄い膜を成して、迸(ほとばし)った、とクリスが感じたその瞬間、そんなハッチが突然に開口したのである。

「――なあっ!?」
 微かなオゾン臭がクリスの鼻を付いたので、やはり強い電力の発生があったのだろう。自分の長い髪の毛もどこか、落ち着きが無い。その頭髪を縛っていなければ、盛大に髪の毛が舞い踊ったに違いない。

「おおいっ、大丈夫かクリスッ!?」
 腰を抜かし掛けているクリストファに気付いて、手摺りを踏み越え掛けたキリオをリンダが咄嗟にしがみついて止める。
「大丈夫――なんでもない――それより『ご開帳』――だよ」
 手を振って健在を示しながら、クリスは開いたばかりのハッチからその中を覗き込んだ。

 ――なんだ、コレ??

 その中身はやはり、コックピットである事に間違いはないだろう。だが、こんな珍妙なレイアウトを見るのは初めてだ。
 それは、ワイヴァーンに始まるどんな航宙戦闘機のコックピットでもありはしなかった。いや、どんな『乗り物』だってこんなコックピットを備えてはいない。シートの形状から察するに、そのパイロットは半ば立った状態での操縦を余儀なくされるのだろうか、と言う推測は付くが――操縦桿の類が全く見当たらない。それどころか、モニタ、ディスプレイに至る物すら、その一切が確認出来なかった。

 ちなみに『即身仏』や『ミイラ』の類は見当たらなかった。

「――乗り込んでみるよ」
 台上の仲間達に親指を立てながら、クリスは取り敢えずその上半身だけをコックピットへと入れた。鼻を利かせてみるが、特に有害な空気が篭もっていると言うことも無さそうだ。寧ろ、新しいマシン特有の『下ろし立て』の臭いが強くその鼻腔を刺激してくる。
 慣れ親しんだ香りであり、初代58号機の時、そして現存する二代目58号機のコックピットハッチを初めて開口した時のそれと同じだ。

「――よし」
 いよいよ、クリスはその体をコックピットへと踏み込ませた。

 ――狭いなぁ

 自分であれば問題は無いが、背丈のある人間であれば搭乗、それ自体が困難を極めるのではないだろうか。シート――座席と言うよりは限りなく背もたれに近い――へとその体を乗せてみる。だが、如何にも不安定である。こんな状態で何が出来るというのか。操縦桿やスロットル、ペダルの類も何もなく。外部の状況を確認するためのディスプレイすら存在していない。

「やはり廃棄物同然か――?」

 いつの間にか命綱を装備したキリオとリンダがコックピットの脇、つまりピット内のクリスからすれば左側――へと立っており、キリオが腰を屈めながら尋ねてきた。
「うーん、まだ何とも言えないけれ――」

 クリスの言葉は遮断された。

 キリオとリンダの目の前で、そのハッチが突然に閉じてしまった為であった。


「げぇっ!? おいクリス、どうした!?」
 慌てたキリオがそのハッチに縋り付いた。リンダはそんな彼の動作を止めようとしたのだが、遅かった。

 大きく電気が爆ぜる音がし、キリオはその体を痙攣させながら、ハッチから吹き飛ばされた。

「莫迦野郎!! 無神経に触るヤツがあるかぁッ!」
 弾き飛ばされたキリオを抱き起こしたリンダ・フュッセルであったが、なんとキリオはその意識を失ってしまっていた。リンダは迷わずにその平手打ちをキリオの両頬に打ち付ける。何というか…容赦のない女(ひと)である。
「むぅーん――もう食べられましぇん」
 整備台のサチコに担架を要請し掛けたリンダだったが、そんなキリオの間の抜けた譫言(うわごと)を聞いて、抱えていた彼の上半身を床――『人型』の肩面装甲――の上に落とした。ゴスッ。

 ――と言うか、キリオどころの問題じゃない!

 リンダは素早く、クリスが先程操作したパネルに対し、手当たり次第の入力を行った。


 反応は全く無い。

「やばい、やばいよ――」
 さすがのリンダ・フュッセルもこの状況に心身が戦慄の舞踏を踏み始めている。

「一体全体、何がどうなって――!?」

 ――そもそも、その内部に空調は効いているのか、酸素の残存は!?

 ――クリストファ・アレンは気密服を装備していなかった筈だ。

 ハッチには高圧電流が流れており、触れることすら出来ない。

 ――何が、どうなっているんだ!?

「誰か、知恵を貸しておくれようっ!!」

 リンダ・フュッセルの大絶叫が工房ブロック全体を震わせた。
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2720年01月01日

第I光:『覚醒』 第十章 A・T・H・E・N・A - II


「チックショー、何がどうなってるんだよッ!」
 完全なる暗闇に包まれてしまったそんな狭いコックピットの中で、クリストファ・アレンは大いに焦っていた。
 無論、そんな焦りの主成分を占めていたのは、自分が気密服を装備していない、と言う一点にある。
 
 ――いかん、落ち着かないと

 焦れば焦る程に無駄に酸素を消費する事となる。状況を冷静に、かつ確実に把握しなくてはならない。まずは手探りで自分の整備服の各所を漁った。現時点での自分の持ち物、装備を確認する必要がある。幸運な事にペンライトがその内ポケットに一つだけ、存在していた。これで灯りの心配は無い。
 だが、携帯端末は脱ぎ捨てたフライトジャケットの胸ポケットに入れたままであって手元に無い、と言うのは自分としては迂闊も迂闊、大迂闊な事であった。
 そんな迂闊が極まってしまったお陰で外部と連絡を取る手段の一切が無い。もっとも、仮に所有をしていたとしてもこの完全密閉されたコックピットの中で通信が行えるかどうかは微妙なところだったかもしれない。

 ――点灯!

 早鍾を打ち始める自分の心臓と精神を落ち着ける為に、クリスはペンライトの電源を入れた。心許(こころもと)のない貧弱な照明ではあったが、それでも今のクリスには力強い火種である事に疑いの余地は無い。

「――まいったなぁ」

 ペンライトで可能な限り狭いコックピット内を細部に至るまで確認してみるが、スイッチ一つ、見当たらない。もしかすると壁面や天井等に収納をされているのかも知れないが、どう引き出せば良いのかもまるで見当が付かない。それ程までに、異常なレイアウトを持つコックピットであった。

 ――いや、そもそもここはコックピットだったのだろうか?

 そんな疑念さえ脳裏を過ぎる。冗談としては笑えないし、事実であればそれこそ笑えない。クリスはその奥歯をギリッと噛み締めた。

 酸欠死、と言うのはどう控え目に言っても美しい死に様では無い。話に聞いた事でしかないが、体中の穴という穴から体液を盛大に噴出させながら藻掻き苦しんでいくとかいかないとか。だが、冷静に考えてみるとワイヴァーンのコックピットにも自決用の青酸ガスが常備されているのは正にその事実を肯定しているからではないのだろうか。

 ゆっくりと忍び寄る死に立ち向かえる人間など、存在しないと言う前提で。

 ――最低だ

 死、それ自体に対する恐怖心は無い。ただ、こんなところで自分の人生が終演を迎えてしまう、と言う事だけが心残りだった。

 ――いや、そんな考え自体が恐怖感の表れなのかも

 クリスは溜息を吐いた。外部からの救出を待つのがセオリーなのだろうが、その『使途』すらも未だに不明なこんな機体を外部から操作するのは、幾らリンダやアルファのスタッフ達であっても不可能だろう。

 或いは、彼等は物理的破壊に基づく救出作戦に乗り出してくれるかも知れないが――機材の準備に時間は掛かる上、中の人間を生かしたままで破壊を敢行する、と言うのも非常に難解な注文に思えてならない。

「あ〜あ――」

 酸素を無駄に消耗する事は分かっていたが、何度目とも付かない重い溜息を吐いた。


 しかし、その時の事だった。

 何かしらの電子音の発生をクリスが認識したその刹那、そのコックピットの壁全体が眩い光を一斉に放ち始めたのである。
「――くっ」
 突然の光源の発生に、クリスはその両目を庇わずにはいられなかった。

 ――何が、一体?

 緩やかな明滅を繰り返していたそんな壁はだがしかし、次第に何らかの映像を結びつつあった。呆気に取られたクリスがその口を両の眼と等しく広げていると、映像がいよいよ、形を成してきた。

 なんと、今や彼の前には工房ブロックの光景が展開されていた。多くの人間が雑多な機材を片手に右往左往しているのが目に見える。

 ようやく合点が行った。ディスプレイ、モニタの類が確認できなかったのは当然のことで、そのコックピットの内壁自体がスクリーンとなっていたのだ。
「こりゃまた、豪華な機能で――」
 そんなクリスが横合いに目を遣ると、半泣きで装甲板を叩き続けているリンダ・フュッセルと、それを背後から懸命に押さえ込もうとしているスコット・ロードマンの姿を確認する事が出来た。同時に、横たわったままのキリオの姿も。彼の身に何かあったのだろうか。

 取り敢えずは自らの健在を表明しておきたかったのだが――実の所、モニタが点いただけでは何の解決にもならない。差し当たってはハッチの解除を行わない事には。

「えーっと」
 呟きながらコックピット回りを再度、漁ってみるが。やはりボタンの一つすら見付からない。

「ちいっ――マニュアルの一冊も無しか」
 毒突いたクリスがその目を正面へと向け直すと、そんなディスプレイの一部が妙な奇妙な歪みを見せつつある事に気付いた。

 ――なんだ?

 そんな正面映像の一部が切り取られた形となり、そこに半ば強制的にウィンドウモニターが形成されつつある。クリスは差し当たって、そのウィンドウに注意を向ける事しか出来ないでいた。



 『-PROJECT ATHENA- 2759』


 そんな文字がウィンドウに最初に表示された。
「――アテナ? 2759?」
 それはギリシャ神話に登場する女神の名前ではなかっただろうか?

 2759と言う意味深な数字は年代表記のつもりだろうか。

 続くメッセージを待つ事にする。これだけでは何も分からない。

 そんなウィンドウが崩れ、どこからともなくポップアップされた新たなウィンドウが同じ位置に重なりを見せた。


 『搭乗者に対するメッセージ(ver.001-99-001587)』

 新しいウィンドウにはそんな文字が踊っている。搭乗者とは自分に対しての事だろうか。だが、バージョンとはどういうことだ??

 待ち続けていればメッセージとやらが開始される気配があったので、クリスはただ静かに待つ事とした。


『ハーイ。あなたが何年後の人間で、どんな方でいらっしゃるのか、今の私に分かる術はありません。私の死後十年後の事かしら、それとも百年後? 或いは一万年後と言う事も有り得るかも。あなたは男性ですか、女性ですか? 年齢はお幾つ? 好きな食べ物は、趣味は――私には何も分かりません。残念なことに』

 クリスはその場で横転したくなった。実際、そのコックピットの空間が今少し広ければ実行していたかもしれない。
 なんと、ウィンドウに文字が次々と表示されていく中、同時に肉声までもが流れてきているのである。月面の訛(なまり)が強く漂う、女性の声ではあった。

『ただ、あなたがここに存在している、と言う点からおおよその推測は付きますね。あなたは取り敢えず、第一段階をクリアなさった、と言うことです』

 ――何を言っているのだ、この『人』は?

 クリスはこの異常な状況に対し、努めて冷静に対処してはいたが、『彼女』が言っている事の意味はさっぱりと掴めないでいた。第一段階? クリア??


『ちなみにこのメッセージは、これより分岐を行います。あなたの情報を頂いて、その結果でこれからの私の説明は変わることでしょう――なお、この時点で拒否を行われるのであれば、直ちにこの機体から離れるように。一時間後に派手に爆発することになるでしょう。出来れば、その選択は避けて頂きたいわね。私の子供同然の『この子』をそんな理由で消滅させて欲しくない。お分かり頂けることを祈ります――』

 クリスは、そんな彼女の軽い口調と内容のギャップに深刻な動揺を覚える自分自身を否定できない。『とんでもない』二者択一を迫られていることは確かだったが。


『これから、マウントディスプレイ――ヘルメットみたいなものよ――それがあなたの目の前に降りてくる筈です。それを頭部に装着されることをもって、承認と受け取らせていただきます。言うまでもなく、承認して頂いた場合――この機体の全てがあなたの物となるでしょう。なお、五分が経過しても尚、装着が実行されなかった場合は拒否権を行使された、と判断する事になっております。その場合、即座にハッチが開くので、少しでも遠くへと速やかに逃げることを推奨いたします』

 なんとも、強引な承諾の求め方である。拒否権が有るようで無いに等しい。外堀をここまで埋められて、その拒否権を実行する人間が果たして存在し得るであろうか。
 まして、こんなフォーチュンの工房ブロックで盛大に自爆されてはみんなが迷惑――勿論迷惑どころでは済まないだろう――する。どうやら相手は船内で人間が乗り込むという想定は行っていなかったらしい。

 或いは拒否をされる事など端から一顧だにしていないのかもしれない。どうもその可能性が高い様な気がしてきたクリストファであった。
「それは吝(やぶさ)かではないのですけどね――」
 元より拒否権を行使するつもりは無く、クリスは既にその承諾を行う腹積もりでいた。ただ、返す返すも気掛かりなのは酸素がいつまで保ってくれるか、である。

『ちょっとお待ち下さい――コックピット内の酸素濃度が低くなっているようね――気密服をご着用されていないみたい――これより、酸素をお入れします』

 思わず失笑してしまった。アフターケアにも抜かりが無いらしい。コンシューマ(消費者)も安心できると言うものだ。
 実際にそんな言葉から数秒後。どこからともない風の流れをクリスの肌が感知する事となった。

 ――もしかすると?

 ふと、思いがある点へと至って、クリスはその顔を横に向けた。予想に違わず、リンダとスコットが焦り揉んでいる中に驚愕の色を混ぜているような、複雑な表情をこちらに向けて来ている様子が確認出来た。
 どうやら空調が入ったお陰で、微かではあるが機動音でも漏れているのだろう。この事実を以て、彼等には安心して貰いたいところではある。

 クリスは正面に目を戻した。

『マウントを下ろさせていただきます』

 やはり静かな音を立てながら、『マウント・ディスプレイ』と思しき機器が、ゆっくりと自分の目の前に下りてきた。

『カウントを開始しますね』

 クリストファ・アレンは、もはや迷う事も無くそのマウント・ディスプレイを手に取った。ヘルメット大の大きさであるのを簡単に確認してから、マウントの装着を慎重に行う。自らの視界が完全に閉ざされるのは決して良い気分ではなかったが、マウントの中に小さな光点の存在をクリスが知覚した瞬間、その眼前に外部映像が爆発的な広がりを見せた。
「うわあっ――」
 内壁のスクリーン越しに外部を観察していた時とは比較にもならない『立体的な』広がりであり、まるで、自分自身が工房ブロックの高台で浮遊している感覚すら。これは凄い。なお、『網膜投写』と言う言葉をクリスが知るのはもう少し後の話である。

『マウントの装備を確認――ご協力に感謝します――』

 そんな音声が流れ、クリスはささやかな好奇心を振り払って身構えた。果たして、これから何が起こるのか。予断を許せない状況である。

『搭乗者情報を頂きます――脳波の測定に基づくものであり、一切の痛みを伴うものではありません。静かにそのまま、お待ち下さい。なお、これより以降のメッセージはその結果により、変動しますのであしからず』

 ――ノウハソクテイ??

 なんだなんだ。何をやろうとしているのだ。いよいよ分からなくなってきた。

 パシッ――

 痛みとは異なった、痺れに近い感覚が何かしらの音と共に、クリスの頭脳全体へと拡散した。脳の隅々までを抉(えぐ)るような、そんな感覚は大変な不快感をもたらすものではあった。
「っつー――」
 マウントがその頭部に装着されている為、額に手を当てる事が出来ない。クリスは呻き声を小さく伸ばす事でそんな不快感の払拭を試みた。

『これは、果たして忌まわしいことなのか――それとも素晴らしいことなのか――』

 そんな声が流れ始めてきた。先程までとは、明らかにその口調が異なっている。クリスはマウント越しにそのウィンドウへと視線を注いだ。

 驚いた。

 そんな彼の網膜に映し出された映像は、先刻までの文字の羅列ではなかった。より大きく拡大されたそんなウィンドウに表示されているのは鮮明な実写映像であり、調度の良いスーツに完璧に身を包んだ女性が、革張りの椅子に座って足を組み、こちらを向いていた。

『このバージョンの分岐を作る必要はないかと思っていました。ただ、どうにも何かが引っ掛かって仕方がありません。今まで――そうね。ざっと数種類に渡る分岐を作ってきましたが――先に申し上げておきましょう。今のあなたが、『これ』を見ているという状況は――』

 そんな画面の中の女性は顎に手を当てて俯いた。年の頃は30〜40と言うところだろうか。人種に関してはどうも判然としない。何人(なにじん)にも見えるし、何人にも見えない。ただ、事実を伴った表現を行うとすれば――大変な美女ではあった。

 そんな美女が物憂げな面を果たして、ゆっくりと上げた。

『この状況は、最悪の『フラグ』が立ってしまった、と言う事に他なりません――』

 ――最悪の、フラグ(条件付け)だと??

 この美女は何を言っているのだろう。

『もっとも、『最悪』という表現が適切なのかは分かりません。状況としては『最善』である可能性もあるのですから――ただ、いずれにせよ『中庸』、『ニュートラル』と言う事はまず、有り得ないでしょう。陰と陽、光と闇、破壊と再生――この世の中は全て、対を成すもので構成されているのですからね』

 ほんの一瞬の『脳波測定』とやらで、どうやら『彼女』は自分、クリストファ・アレンが今、ここに座しているのに相応しくない人物であると判断を下してくれたらしい。自分にとってはさっぱり状況の見えない彼女の『語り』でもあり、正直――大きなお世話だ――と言う気分で一杯でもある。
 だがしかし、そんな彼女の声にどこかしら強く惹かれるものがある事もまた、同時に認識しているクリストファ・アレンであった。

『でも、冷静に考えてみると、やはりこの状況は理想的なのかも。私の最高傑作である、この『子』を託すのにあなたの様な人、以上に適切な人間はいないのかもしれない』

 ――ちょっと待て。何で、『俺』なんだ??

 自分、クリストファ・アレンがここに、こうして存在していること自体が『最悪』だとか『最善』だとか両極端な事を画面の彼女は言っている。これが他の人間であれば――『分岐』とやらが異なっていた筈なのか??

 話の全体像が全く見えず、クリスの自我は混乱を極めた。


『言っていることが支離滅裂でごめんなさい。ちょっと薬が強すぎるようね――私の命はもう長くはないの』

 そんな『彼女』の発言にクリスは思わず、その息を呑んだ。

『――私は、自分の全てをこの『子』に注いできました。機体の名前はあなたが付けてあげて。これは数少ない、あなたの権利。でもね、彼女の魂の名前はもう決まっちゃっているのよ。呼び掛ける時は、微笑みをもって【アテナ】、と呼んであげて下さいな』

 微苦笑を湛えながら、その美女は腕を組んだ。

『彼女を破壊の女神にするも、創造の女神とするもあなた次第。ただ、忘れないで。彼女は、優しい娘(こ)なの。あなたが切望して止まないのならそれも運命なのでしょうが、破壊の為に生まれたわけでは――私に作られたわけでは無いのだから』

 一体全体、何の事だ。先程から彼女が口にしている『娘』とは何だ??

『そして、この『子』には課せられた使命があります。勿論、その使命が遂行されることが未来永劫に無いことを私は心から望んでおりますけど。そんな使命は、その時、その特殊状況下でしか果たされることがありません。これは、願わくは封印したままでおきたい特殊な『機能』です。ただ、要あらば彼女は躊躇うことなく、その機能の発揮を試みることでしょう。その時、あなたがどう彼女と向き合えるか――そこであなたの鼎(かなえ)の軽重が問われることとなる筈です――』

 言葉を句切って、彼女は遠い視線を作ったようだった。その首を深く傾け、口元に手を当てた。どうやらそれは彼女が言葉を組み上げる時の癖であるように見受けられる。

『――この『子』にはね、幾重ものガードが組み込まれている。そんな『子』から情報の全てを引き出すのには、並々ならぬ苦労を伴うことになるかと思います。でも、そんな堅牢なガードを加えなくてはならなかった私の気持ちも忖度して欲しい――身勝手な言い方だけど、そう願っているわ。どうか、それ程の力をこの『子』が持っている、と言う事を忘れないで』

 正に、今際(いまわ)に際した母親が自分の一人娘を託そうとしている、そんな言葉であった。
 事実、彼女のその言葉、その論理は甚だ非合理である。だが、そんな『遺言』を拝聴しているクリスはもはや、茶々を入れる心境には到底成り得なかった。

 話が少なからず見えてきた、と言う事もある。おそらく、彼女の『娘』とはこの『人型』それ自体を示すのであり、人格それ自体は人工知能であるとか、疑似人格だとかを指しているのではなかろうか。

『これより以降は、先人であり、恐らくは故人である私の言葉が面に出ることはありません。後は娘――【アテナ】と――話をしてください。新しい時代を作るのはあなた達です。願わくば、平和で、光に満ち満ちた未来を強く希求しますけれど』

 瞑目を行ってから組んでいた足を解き、彼女はその両手を組み合わせて胸元へと運び、深々とした祈りの姿勢を作った。キリスト教徒なのだろうか? 良く目を凝らせば、その胸元に十字架のネックレスが揺れているのが確認出来た。

『――そして付け加えれば、『あなた』は『彼女』と共に、他の誰よりも深く、高い領域へと到達できる筈です』

「ちょっと待って! それはどういう意味ですかっ!?」
 思わずクリスは、画面の人物へ質問を投げるという全く意味を成さない行動を取ってしまった。

『ご自身の有り様をご存知でないとすると、何故か、とお思いでしょうね――でも、それは私の口から語られるべきではありません――ただ、いずれにせよ個人的に一言だけ、あなたに向けておきたい言葉があります』

 まるで、先程からお互いに会話を行っている感がある。事実、これが昔に組まれたプログラムによる結果であるとすると、正に神懸かりとしか評しようが無い。彼女は一体、何者で、何をどれだけ知っているのだろうか?

『がんばって――!!』

 画面の中の彼女は再度、瞑目を伴った祈りを上げた。

『――さてお別れの時間です。慌ただしかった上に、分かり難い説明だったわね。しかも半ば、強制しちゃったかしら――』

 茶色の長髪を掻き上げながら、彼女は微笑んで見せた。色白なのは彼女の人種的傾向だけに依るものではないだろう。疾病に関する詳しい知識の持ち合わせが無いクリストファの目から見ても、その顔色は大変に悪かった。

『一応、最後に自分の名前だけ言っておこうかな。私、シオン・ヴィンテルと申します。もし興味があったら後ほどお調べになって。どうせ、禄な扱いにはなっていないでしょうけれど――『娘』を宜しくお願いします。これは心から――』

 そう言って、ヴィンテル女史は投げキッスを行ってきた。搭乗者が女性だったら、と言う想定は行っていなかったのだろうか。

 彼女は最後に口元に手を当てて、静かに一頻り笑った。

 クリストファ・アレンもまた、同じような笑顔を敢えて作らせてもらった。疑問点の一切が解決していないのは心残りではあったが、故人にそこまでを望むのは酷というものであろう。寧ろ、貴重な情報を過分に賜った、と判断するべきか。

「正直、分からないことが多すぎますが、あなたのその言葉は受け取らせていただく」
 自分の口がそんな言葉を勝手に紡いでいる事にクリスは気付いていない。それは心の声と全く等しいものではあった。

『その名前までは分からないけど、特殊な方。後は、娘【アテナ】とお話下さいね』

 いよいよ笑いを収めた彼女は腕を組み直し、居住まいを最後に正した。

『彼女を愛し、そして愛されなさい――』


 そんな彼女の言葉が結ばれると、

『Good Luck!!(幸運を!)』

 と言うメッセージが踊り、ウィンドウそれ自体が消滅した。


 クリスは最敬礼を行った。もっとも、マウント・ディスプレイを装備していたこともあって、どちらかというと略式敬礼の様になってしまったが。


 どうやら前座――そう評しては失礼に値するかもしれないが――は終わったのだろう。頭の中はグチャグチャで、熟考を行うにもその取り掛かりをどこに定めれば良いのか、さっぱり分からない。

 ――まあ、一人で考えても仕方無しか。

 恐らく、たった今の『会話』を再現する事は永劫に叶う事はないだろう。クリスが彼女と同じ立場であったら、そんなプログラムを施すに違いない。

 何故か、彼女の心理を手に取るように理解できているクリストファ・アレンであった。

 ――シオン・ヴィンテル。どこか、懐かしい雰囲気を持つ人だったな


「さて――と」

 クリスは大きく息を吸い込んだ。

 一人で考えていても仕方が無し。

 多過ぎる疑問点の類は後でキリオやリンダの見解を伺うとして。



 ――まずは。







 微笑みを浮かべた。シオンの『遺言』を守ってあげたかった。






「【アテナ】、聞こえているんだろう?」






『――イエス、マイ・ロード』

 一拍遅れて、シオン・ヴィンテルと全く変わらない声が返ってくる。クリスは心から笑った。
posted by 光橋祐希 at 00:00| 【第十章】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする